アムステルダムは、ゆっくりと深呼吸したくなるまちだ。
まちを流れる運河や可愛らしい建物の間を、どことなくゆったりとした時間が流れる。そして、そんな流れに乗っていくかのように、人々はマイペースに自転車のペダルをこいでいる(※1)。
5年前に訪れた時と何も変わらない、心落ち着く風景。
中央駅の周辺は合法ドラックや飾り窓目当ての観光客で賑わい、ざわざわしているものの、中央地区を少し離れれば ー 例えば、西部地区には、ー 冒険心をくすぐる優しい路地裏を心地よい風が吹き抜け、ついついのんびりとまち歩きをしてしまう。
そんなゆったりとした時間が流れるアムステルダムだが、このまちでは未来を見据えた大きなトランジッションが起こり始めている。ヨーロッパを中心に大きなうねりとなり始めているサーキュラーエコノミー(循環経済)だ。
アムステルダムは、2050年までにサーキュラー・エコノミー・シティへの移行ビジョンを宣言しており、市民の生活に触れられるレベルで構想の具現化・実装が進められている。今回は、現地で感じたサーキュラーエコノミーの潮流を具体例とともに紹介したい。
サーキュラーエコノミーの聖地”De Ceuvel”
循環型経済をテーマにしたリビングラボDe Ceuvelは、アムルテルダムの中心部から港を超えて北部に進んだところにあった。
サーキュラーエコノミーのメッカとも言われるこの場所には、オフィス(&住居)用にリノベートされた廃船(ハウスボート)が並び、循環型の暮らしや社会を志向するスタートアップやアーティストらが入居している。
僕がいった時にはSeaweeds burger (藻から作られたバーガー)やバイオマス系のスタートアップ、ミュージシャンらがオフィスワークやら演奏やら植栽の管理をしていた。
ここは、元々は造船所だった場所で、シェルなどの企業活動により化学物質で土壌が汚染されたエリアだったという。廃船の間に木の通路が巡らせてあるのは、そうした土壌に触れないようにするためだ。なので、このエリアでこれをやること自体が、強いメッセージを持つ。
De Ceuvelでは、レジデンス、カフェ、メタボリックカフェ、グリーンハウス、バイオガスボートなどが互いに資源を利活用し、(クローズドシステムではないのでRegenVillegのような完全循環型まではいかないが)コミュニティ内で可能な限り資源とエネルギーの循環を実現。
例えば、エリア内のカフェやレジデンスの生ごみはバイオガスボートと呼ばれる独自コンポストシステムでバイオガスと肥料に分解され、調理や敷地内のグリーンガーデンでの栽培や汚染浄化のための植物に活用されている。さらに、ブロックチェーンで再生可能エネルギーをコミュニティ内で購入できる独自の地域通貨まで開発したそうで驚きだ。
週末になれば、大勢の人たちで大賑わいのDe Ceuvel。
自治体からの入札を勝ち取った建築家やクリエイターチームが、この土地を10年間のリースを受けるカタチでスタートしたのが2012年。それから2年後の2014年にオープンして以来、地域の人々と共に、実生活の中で循環型の暮らしの実験・検証を続けている。
彼らは、サーキュラーエコノミーをtangible(手触り感があり)でaccessible(誰でもアクセス可能で)でfun(楽しい)なものにするためのまちの遊び場と自分たちのことを表現している。
まだそこまでの規模はないものの、循環型経済が構想だけでなくここまで実装されはじめているのだということを痛いほど感じさせる場所でもあった。
同時多発的に各所で起こるエコシステム
しかし、DeCeuvelはオランダで起こっている一つの事例にすぎない。
5年前には感じられなかったが、今回オランダにきて感じた凄さは、こうした芽が社会の様々なところで次々と育まれていること。
例えば、フリースランド州では、Circular Freslandという州規模での循環型経済の実装がすでにはじまっているし、アルメレという地域ではRegen Villageという完全循環型の地域共同体構想に向けて入居者の募集がすでにはじまっている。
スタートアップの集まりに顔を出せば、サーキューラーエコノミーに真正面から取り組む起業家(※2)がいたり、ロッテルダムに足を伸ばせば、循環型経済をテーマに起業家やスタートアップが集まる巨大ラボBlueCityが姿を現す。
その他にも、一流シェフによる廃棄食品レストラン、ファッション業界における資源循環をテーマにしたミュージアム、ブロックチェーン技術を応用したフェアトレードシステムなど、まぁ話題に事欠かない(※3)。
2050年、循環型経済への完全移行
この同時多発的なうねりの背後にあるのは、国や都市の政策ビジョンだ。
EU全体で持続可能性が大きなテーマとなる中、オランダは2016年”A Circular Economy in the Netherlands by 2050”(2050年に向け経済省と環境省が合同で発表した循環型経済の推進計画)を発表。それに呼応するカタチでアムステルダムも、2050年までにサーキュラー・エコノミー・シティへの移行を宣言。
具体的な到達目標として、
・2025年:家庭ごみの65%がリサイクルまたはリユースできるように分別される
・2030年:使用される第一次原材料の50%削減
・2050年:サーキュラーエコノミーへの完全移行
(出典:https://www.amsterdam.nl/en/policy/sustainability/circular-economy/)
を掲げている。
とはいえ、強力な旗振り役になっているというよりは、長期的な視座での大きな構想を掲げ、あとはそれぞれのエリア・セクターが協働しながら進めてね、という感じだそうだ。
だが、逆に言えば、各セクターに長期的な視座を持たせ、方向性を示すことの意義は大きい。
企業も循環型のビジネスモデルへ
企業セクターにおいても、例えば、オランダ三大銀行の1つABNアムロは循環型経済のプラットフォームCIRCLをスタートさせている。
循環型の実践を体験できるプラットフォームとして、CIRCLのスペース自体が通常より36%も少ない資源で造られていたり、不動産や建築、金融など様々な分野でパートナー企業とプロジェクトの拠点となっていたりと、CIRCL自体とても面白い場所だ。
ABNアムロは、2018年のダボス会議でサーキュラーエコノミー(循環型経済)の分野での優良企業を表彰する「Circulars」を投資分野で受賞もしているこの分野の先駆的企業でもあり、線形モデルから循環型のビジネスモデルのシフトや長期タームでの社会インパクトの重視、エゴからエコへという新たなリーダーシップへの先導を掲げている。
彼らが特に力を入れているのが、”Building Circulary”と呼ばれる都市開発・建設の領域。デルフト工科大学や企業、行政と連携しながら、物質レベルでのデジタル情報化とトラッキングを前提に、アーバンマイニング(都市廃棄物から鉱山資源の抽出・再利用)、デジタルツインなどの技術を組み合わせ、循環型の都市開発を推進する。
印象的だったのは、
Circular economy makes us more independent
”循環型経済へのシフトは私たちを自立させる”
という言葉。
国土も狭く、資源が豊富でないオランダは、その原材料の多くを輸入に頼っている。米中貿易戦争の影響なども懸念される中、輸入に大幅に依存した経済モデルはリスク。循環経済へのシフトはそれを乗り越えていくための道筋でもあるわけだ(※4)
使われなくなった都市資源に新たな思想を吹き込む
今回の訪問で強く感じたのは、循環型の社会へのシフトを起こしていく上での、都市の資源の利活用のうまさだ。
De Ceuvelは、土壌が化学汚染を受け、廃船の溜り場であったエリアだったし、BlueCityは地元民に親しまれた大型のスイミングプール施設だった。NDSMと呼ばれるアーティストやクリエイターの拠点・自治解放区も、80年代に閉鎖した造船所跡地が生まれ変わったもの(※5)。
使われなくなった都市の資源に、次世代の新たな思想やミッションを吹き込み、市民を巻き込みながら生まれ変わらせていく。
だから、変に肩肘張らずとも、その場所自体に自然と物語が宿り、いつの間にか惹きつけられる強いメッセージを放つ。社会のトランジッションは場所性・ローカル性抜きに語れないわけだが、そこに時代の思想が掛け合わされていくことで非連続的な変容を果たすというわけだ。
次世代社会へのシフトを牽引するのは国家よりも都市 – 小さな回転で実験と実装を繰り返す –
アムステルダムの人口は約80万人。
決して規模は大きくないが、行政の素早い舵取りと民間・市民レベルでの様々な試行錯誤が一気に加速しているこのまちは、間違いなくヨーロッパでサーキュラーエコノミーを牽引するリーディングシティの1つだろう。
量ではなく質のシフトが求められている今の時代、
国家以上に都市がトランジッションの重要な起点になる。
分岐点となるのは、新たな思想やテクノロジーを取り込み、次世代型の都市環境や暮らしの実装・実験サイクルを素早く回していけるか。
その時に起こるのは、計画どおりに開発していく従来型の都市づくりではなく、
多様なプレイヤーが自律的に様々な実験を繰り返す実験型の都市づくりなのだろう。
それにしても、ヨーロッパでサステイナビリティがここまで大きなうねりとなっている背後に何があるのか。
今回色々な分野のリーダーと対話しながら、根底に流れるのは、近代の工業社会を自分たちがつくりあげてきたという自負(誇り)とキリスト教な罪意識の世界観なのではないか。(数年前にもトレンドになっていたGuilty-Free Consumption=罪意識ない消費の価値観とも近い)
そんなことを感じながらアムステルダムを後にした。
(おわり)
※1:70年代に市民の手で「安心して自転車で走れるまちづくり」の切符を勝ち取ったアムステルダムは、まちがコンパクトであるだけでなく、いたるところに自転車専用レーンが整備されていて、車よりも自転車の方が格段に楽だし、はやい。
※2:僕が出会った中で一番面白かったのは、サーキュラーインデックスという企業活動における資源循環を数値で可視化するITプラットフォームを手がけるスタートアップ。
※3:フードロスに取り組むレストランInstockでは廃棄される食材を生産者の元から低価格で購入・回収し、一流シェフが調理している。Fashon for Goodのミュージアムでは、ファッションにおける資源循環をテーマにした商品や体験型展示が並ぶ。Fair Foodではブロックチェーン技術を活用したフェアトレードシステムを実験中だ。アムステルダム市内だけでも、足を運びたくなる場所が山ほどある。
※4:ユトレヒトを拠点としたデザインファームRegenerative DesignのCEOも同様のことを言っていた。
※5:NDSMは1984年に閉鎖したアムステルダム北部の造船所跡地が市民に解放され、若いアーティストやクリエイターたちの制作拠点、解放地区になった港湾エリア。10年ほど前から時間をかけてじわじわと、今ではアーティストやクリエイターたちがアトリエを構えているだけでなく、起業家やレッドブルなども企業も入居している。
Yasuhiro Kobayashi
Creative Catalyst / Intrapreneurship Enabler
世界26ヶ国を旅した後、HUB Tokyoにて社会的事業を仕掛ける起業家支援に従事。その後、人間中心デザイン・ユーザ中心デザインを専門に、金融、人材、製造など幅広い業界での事業開発やデジタルマーケティング支援、顧客体験(UX)デザインを手掛けた。
現在は共創型戦略デザインファームBIOTOPEにて、企業のミッション・ビジョンづくりやその実装、創造型組織へ変革などを支援。自律性・創造性を引き出した変革支援・事業創造・組織づくりを得意とし、個人の思いや生きる感覚を起点に、次の未来を生み出すための変革を仕掛けていくカタリスト/共創ファシリテーターとして活動。座右の銘は行雲流水。東京大学経済学部卒。趣味が高じて通訳案内士や漢方・薬膳の資格を持つ。イントラプレナー会議主宰。エコロジーを起点に新たな時代の人間観を探る領域横断型サロン Ecological Memes発起人。