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【After Coronaの世界 vol.1-2 】新型コロナウイルスが中国にもたらしたデジタルライフ


3月11日、WHOのテドロス事務局長は「新型コロナウイルスはパンデミックと言える」と述べ、世界的な大流行の認識を示した。中国の武漢に始まり、都市の閉鎖の流れはイタリア・スペイン・フランスに波及した。多くの国で外出の自粛や禁止によって国民の生活が圧迫されている。

このコロナショックの震源地中国においては、政府・企業・国民の間でデジタルシフトが進んでいる。封鎖された環境の中で新型コロナウイルスによって通常生活ができなくなった社会に生じた課題を、むしろデジタルの力で解決しながら生活の質を従来以上に高めようとする生活者の姿から、わたしたちが学べることがあるに違いない。

本編では、自宅に隔離されることで起こる孤独や生活水準の低下などの封鎖した都市の課題に対し、住民間のつながりをオンラインで再構築することで家事体験がコミュニティ化している中国の新しい息吹を取り上げている。

※ぜひ、vol.1-1もご覧ください。


① 本当に大切にしたい人が選別されるオンライン飲み会

中国では、旧暦正月に親戚一同が集まりお酒を飲み交わす親族行事を行う文化がある。また、日本と同様に仕事終わりに上司との付き合いや接待などで飲み会を行う文化もある。しかし、新型コロナウイルスの影響で、武漢だけでなく北京や上海などの主要都市で外出を自粛する人が増え、飲み会のスタイルにも影響を及ぼしている。(中国 湖北省全域に外出禁止令が発布されたが、その他の主要都市は自粛を行なっている)

中国語で「雲飲酒」と呼ばれる、Wechatの無料オンライン通話機能を使って自宅から互いに接続してオンライン飲み会をする新たな文化が生まれた。自宅にいながら飲み会をすることで、飲食費の節約や移動コストの削減以外のメリットも生まれている。

これは、働く旦那さんが奥さんに家事や子育てを任せてしまい、夜遅くに帰宅して夫婦喧嘩になることが解消しただけではなく、むしろ奥さん、子どもも含めた会社での「家族参加飲み会」が各地で開催されている。新型コロナウイルスによって在宅勤務を強いられている人だけではなく、これまで家事や子育てに追われて人とのコミュニケーションが希薄になっていた奥さんも含めた、家族揃って飲み会に参加することが、コミュニケーションの増加につながり、夫婦関係を悪化させる原因を解消しているという。

子育て世帯だけではなく、若年層にも「オンライン飲み会」の利点を感じている人がいる。日本と同様に中国でも若年層のアルコール離れ(飲み会離れ)が加速しているが、それでも上司や同僚との付き合いでお酒が好きではないのに白酒(中国発祥の蒸留酒でアルコール度数は50度を超えるものもある)を飲まなければいけない飲み会への参加を強いられることが若者の間で問題視されている。

しかし、外出の自粛によって「オンライン飲み会」が拡がり、お酒を好まない人はお水やソフトドリンクを飲むことを許容する風土が生まれている。(それでもお酒を飲ませる上司がいる場合には白酒を飲んでいると言って水を飲めば良いという若者もいる)他にも、会社を超えて遠方にいる親友や終業時間が読めず飲み会が開けなかった同窓との飲み会をオンラインで開く人が増えており、本当に飲みたい人と酒を酌み交わすようにもなっている。

② 公園からオンラインに群れるようになった孤独を癒す高齢者

高齢化が加速する中国でも、シニア層の孤独が社会課題になっている。仕事を引退して単身で住む高齢者が増える一方で、中国の象徴的な文化でもある早朝の公園で行われる太極拳や健康のために政府が推奨した広場ダンス(好きな曲に合わせた集団ダンス)が、シニアにとって1日の中で数少ない対面コミュニケーションの機会であった。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大による外出禁止に伴って、早朝の大事な習慣も自粛せざるを得ない状況になっている。そこで、元気なおじいちゃんおばあちゃんが中心となって「雲跳舞」と呼ばれるオンライン広場ダンスが注目されている。

「雲跳舞」は、朝と夕方に地域で太極拳や広場ダンスを主導していたシニアのリーダーが中心となって、Wechatのオンライン通話機能を使って家の中で一緒にダンスをすることである。これまで通り、健康維持のために身体を動かすだけではなく、終了後に自然発生的な雑談が始まり、シニアにとってコミュニケーションの機会になっている。

シニア層のスマートフォン普及率が高い中国では、これまで家族との通話と電子決済のためだけにスマートフォンを所持する人が多かった。新型コロナウイルスの感染拡大によって外出の自粛を余儀なくされたシニアは、対面のコミュニケーションからオンラインコミュニケーションへと移行しはじめている。地域のシニアグループチャットが各地で開設されていることも、今後の新たなコミュニケーション機会につながっていく兆候だろう。この流れは将来的に高齢者の孤独問題を解決することにつながっていく可能性を秘めている。

これまでシニア層の娯楽であった「雲跳舞」は、新型コロナウイルスの感染拡大を機に、在宅勤務をする人や学校の閉鎖で体育の授業ができない子供達にまで拡がっている。外出の自粛が余儀なくされている人々にとって、毎日定時に同時接続をして家族揃ってダンスをすることは、家族間や市民間のコミュニケーションにつながる良い機会となっている。

また、急速に進む高齢化によって広場ダンスをするために公園やバスケットコートなどで場所取り合戦が起こっていた。中には、加熱して事件(場所を巡った傷害事件など)に発展したこともある。ダンスの場がデジタルにシフトしたことで、シニアコミュニティは物理的空間のあらゆる制約から解放されて、場所取り問題も解決に向かっている。今後のシニアオンライン広場ダンスの先行きに注目だ。

③ 都市の強制封鎖の下で生まれた住民自治型オンライン経済圏

新型コロナウイルスの感染拡大を抑止するために、多くの店は営業を停止した(2020年3月18日時点では順次再開している)が、住民の生活を維持するために食料品販売店のみ営業を継続している。しかし、感染の拡大が深刻化する武漢や一部の都市では、外出が規制されたため個人向けの販売を停止し、Wechat内の臨時で追加された機能「団購」(トゥアンゴウ)を使ってマンションや地域区画ごとでの共同購入を前提とした販売を行なった。

「団購」(トゥアンゴウ)とはWechatの地域住民グループを使った共同購入のことであり、住民は仕分け/配送の効率を高めるため、事前に袋に分けられた物資セットが購入できる。政府によって「団購」が強制化されたことで、Wechat上に物々交換をするための地域コミュニティチャットが住民によって自主的に構築された。当初、住民間で物々交換をするためのチャットが自主的に開設された理由は、物資セットの中に入っている消費財の中で不要なものと必要なものを住民間でマッチングするためである。中国の都市部中心に隣人関係が希薄化していることが社会問題になっているが、「団購」や物々交換チャットを通じて住民間でWechatフレンド申請を送り合い、個別チャットで物資以外の家庭内に眠る資産同士を物々交換する新しい動きも起こっている。

「団購」の仕組みは、新型コロナウイルスに感染していないか、健康状態を確認する地元の自治体のメンバーが、家庭訪問のついでに住人のWechatグループを作り、食料品のオーダーを受けることで成り立っている。

「団購」を行うWechatグループでは、無作為に代表者が団長として選定される。物資セットの内容は、地域の団長の中から市のリーダーが選ばれ、そのリーダーが住民の必要な物資をWechatのグループチャットからヒヤリングした内容を、自治体メンバーに情報提供することで決定する。
しかし、住民のニーズを調査するうちにWechat内にチャットリーダーを長とする小さな「オンライン都市」のような存在が生まれ、武漢のある地域のリーダーは仕入れ先と直接交渉して仲介会社を通さずに仕入れたことが問題となり、行政が警戒しているという側面もある。

住民が自発に作った共同購入用wechatグループ

また、情報リテラシーのないシニア層に向けて行政は若者ボランティアを自宅まで派遣し、Wechatと「団購」の使い方を対面で教える活動もしている。地元行政は「団購」の利用状況をデータベースでチェックしており、食料品や日用品が購入できない住民を減らすようなサポートをしているのだ。また、一部住民による買い溜めによって住民が生活に困らないようにする点でも「団購」による適正な分配が役立っている。(但し、フーマースーパーが独自に提供する「共同購入」機能では、民間独自の取り組みであるため個数制限を行なっていない店舗では買い占めが起こっているケースもある)

共同購入に参入するフーマースーパー

住民間の共同購入コミュニティは、外出自粛時の物資の調達と必要な消費財の物々交換を通して新地域の繋がりを作り直しただけではなく、コミュニティ経済によってサプライチェーンを行政に頼らず、住民の力だけで作るオンラインの小さな循環が生まれる可能性を感じた。

政府や行政に頼らない住民のみの経済によって、適正な価格の実現や生活の助け合いなどの無形価値が地域に創出される可能性があるが、その反面で政府による支配力の低下につながるリスクも存在する。「団購」によって生まれた地域住民のつながりは、ウイルスの感染拡大を抑止するだけに止まらず、少子高齢化が進む中国の都市を持続可能なコミュニティに変革していくのだろうか。

④ 毎日の面倒な料理も遊ぶ体験にするデジタルネイティブ世代

外出の自粛によって、家での暇な時間が増えた若年層を中心に、毎日の料理体験をエンタメコンテンツとして楽しもうという行動が生まれている。外出の自粛によって、フードデリバリーサービス(「美団」など)への需要が高まり、毎日の栄養バランスを考えない偏った食事が若年層の間で問題視されていた。しかし、自炊するにしても慣れないレシピサイトでは情報量が多く、料理離れが進む中国の若年層には難易度が高い。中国のショート動画共有サービス「TikTok」では、若年層を中心に料理の過程をエンタメ化する動画編集が行われ、互いに料理の仕方を共有して楽しむ行動が生まれている。

料理の失敗も投稿して自虐ネタとして楽しむ体験

美団などのフードデリバリーサービスが拡がる中国では若年層を中心に料理離れが進んでいるが、外出の自粛により、普段は料理をしないけど暇な時間に非日常的体験としての料理をする人が増えている。しかし、慣れていない料理には失敗はつきものである。「TikTok」では、料理の失敗作を動画で共有して自虐ネタの象徴であるサウンドを流しながら、視聴者の笑いを誘う投稿をするユーザーが増えている。もちろん、料理に成功すれば自慢するように共有することもできる。しかし、失敗作の動画が拡がっているのは料理慣れしていない若者の間で「あるある的」共感を呼び、料理をする抵抗を下げることに寄与している。(日本でも「若者が街角で慣れない料理をつくる映像に苦笑する人生の先輩方たち」が日曜日にテレビ放送されているがそれとは大きく異なる…)

料理の失敗も楽しむ動画

「手作り料理 VS フードデリバリー」の日記投稿で料理のモチベーションを維持する

他にも、在宅勤務をする中で家族の食事情も見える化されてくる。例えば、家族に秘密でランチに健康の観点から禁止されている揚げ物ばかり食べていた人も、外出ができなくなることで家族がつくる健康食ばかりになってしまう。いつも夕飯だけをつくっていた家族はランチもつくらないといけなくなり、在宅勤務をする家族がフードデリバリーサービスに逃げないようにあらゆる工夫をされている。定期的に揚げ物を増やしたり、家族の好きな料理を中心に提供したり…それらを「TikTok」を通じて「何日間、家族にフードデリバリーサービスを使われずに手作り料理を食べてくれたかを記録する」料理日記投稿が増えている。料理日記を投稿することで、毎日手作りをしていることを他者から賞賛してもらうだけではなく、自分の目標とする「家族の脱フードデリバリー」を達成し続けることで毎日料理するモチベーションを維持しているのだ。

料理日記動画「旦那が出前を頼むことを阻止する99日目」

料理の過程を編集して日常の非日常としてエンタメコンテンツ化する

他にも、料理の過程をサウンドに合わせて編集することでペットのエンタメコンテンツとして投稿するインフルエンサーの視聴者が外出の自粛が始まってから大幅に増えている。ペットが本当に料理をしているのではなく、二人羽織的にペットが料理をしているように一人称視点でコマ撮りしたものを編集して投稿している。毎日の料理体験に演出や編集を加えるだけでエンタメコンテンツになり、視聴者もレシピを知りたいから視聴するのではなく、料理体験のエンタメ動画を楽しんでいるだけである。新型コロナウイルスの感染拡大によって、外の非日常体験に触れられなくなってしまった中国では、日常の中に非日常を編集して創作することで新たなコンテンツとして刺激を得ている。毎日の「料理」をエンタメの観点から見れば未知の可能性が広がっているのかもしれない。

ペット料理人
ペットが料理を作っているように見える編集動画

新型コロナウイルスによって住民間の「つながり」がデジタルにシフトしたことで、場所に縛られずにコミュニティを広げ、リアルタイムに連携することが可能になった。これにより、「団購」の事例にもあった通り、地域住民の関係性が空洞化した都市からオンラインとリアルのハイブリッドな「コミュニティ」が集団の前提となることで、企業中心から住民中心の経済モデルが構築される可能性があるはずだ。

日本も少子高齢化や可処分所得の低下、地方の衰退など中国よりも地域の課題は先進的であるなか、行政頼みの地域創生では衰退の一途を辿っていくに違いない。公共インフラの新たな形態として、橋や道路などのハードの開発だけではなく、デジタルコミュニティのようなソフトの開発も持続可能な社会をつくるために必要ではないだろうか。

※出典(ヘッダー画像)
鹿城新聞2020/02/08「历史文化街区很美,请您“疫”后再来」より

TEXT BY RUIKI KANEYASU

株式会社BIOTOPEにて新規事業開発、ビジョン開発、ブランド戦略を担当している。ミレニアル世代向けフィンテック新規事業開発、「モビリティ×街づくり」ビジョン開発と新領域事業開発、消費財企業が持つブランドの存在意義(Purpose)から新たな事業戦略創造などのプロジェクトを手がけてきた。行動観察手法(定性)と定量解析(定量)を組み合わせて、生活者、都市や文化のインサイトの導出や企業やブランドの存在意義を起点に中長期的な事業機会探索(Purpose Management・CSV領域)を得意としている。

TEXT BY Kohzo Hirose

東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。経済産業省にて、再生可能エネルギーの導入推進や雇用・教育制度改革、経済産業省の組織・働き方改革に、従事。大企業や社会でイノベーションを起こしやすいエコシステムをいかにつくるかに関心を持ち、デザインスクールに日本の国家公務員として初めて留学。政策立案・実施にデザインシンキングをいかに活用するかを主眼に研究。現在はJETROイスタンブール事務所にて、トルコ・イスタンブールを拠点に、中東 、コーカサス、中央アジア、中東欧等と日本との産業協力の創出に向けた調査・プロジェクト業務等に従事。

Published inAfter CoronaBig Data EcosystemChinaその他