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[未来観光 vol2 タリン編] もしも国がスタートアップになったら?

エストニアの首都タリンというと、多くの方にとってはほとんど聞いたことすらない都市なのではないか。エストニアというと「あ、バルト三国の1つね。」という人もいれば、テクノロジー感度の高い人なら「電子政府の国とか、スタートアップが盛り上がってる国ね」みたいなテクノロジー色がここ数年で出てきた国でもある。

かくいう僕は、タリンを訪れるのは2回目だ。前回来たのは2013年。ヘルシンキからフェリーに乗って1泊2日で観光に来て以来だ。タリンという名前になんのイメージもなかった頃、ヘルシンキからのエクスカーションの一つにタリンへのツアーが紹介されていた。当時は、電子政府のような取り組みも知られておらず(実際にはその頃からずっと実施されていたのだが)、ヘルシンキよりも観光して楽しく、しかもご飯も美味しく、安い街。というイメージだった。

タリンの歴史を紐解いてみると、もともとロシアの都市サンクトペテルブルグからバルト海にでる交通の要衝にあった港町から生まれ、13世紀にデンマーク王が作った要塞都市である。街の中心の旧市街は中世の街並みが残り、プラハを思い起こさせる美しい街並みが残っている。日露戦争で有名なバルティック艦隊の停留地でもあった都市だ。今回某オンラインメディアの取材旅行で行っていて感じたこと。この国は色々な意味で誤解されている。

誤解1:エストニアは、ロシア系だ

日本にいる僕らが学ぶエストニアというのは、旧ソ連の解体と共に早めに独立したバルト三国の1つというのが印象だろう。だから、僕らはエストニアをラトビアや、リトアニアに近い国だと思い、さらにいうとロシアと近いと思う。ロシア系住民は3割程度は住んでいるし、今でも影響は大きいけど、実際はそうではない。エストニアは、むしろ、人種、言葉、文化の視点から見ると、その沿岸のフィンランドに近い。ラトビアやリトアニアとは随分違うという。実際エストニア語は、フィンランド語の兄弟のようなもので、ある程度みんながわかるという。性格もフィンランド人に似ていて、フィンランド同様に親日の人も多い。

誤解2:エストニアは、超ハイテクであらゆるものが電子化されている

エストニアは、電子政府で有名だし、確かに、サイバーセキュリティなどの分野では旧ソ連の研究所もあったこともあり、暗号系のエンジニアを輩出する国だ。しかし、市民一般を取って見ると別にそんなに電子化された生活をしているわけではない。日常生活の中でビットコインを使うこともないのはもちろんのこと、クレジットカード払いができないお店もそれなりにある。スタートアップは確かに盛り上がってるけど、そのイメージとは異なりブロックチェーンのスタートアップは決して多くない。全員がe-IDカードを持っていて、政府のサービスは結婚、離婚、不動産購入、以外のサービスはほぼオンラインで完結するが、逆にいうとその程度だ。中国のように生活の全てがデジタル決済されている、ほどじゃない。

誤解3:エストニアは、世界中から移住者を集めようとしている

エストニアはe-Residency(つまり電子住民)という制度を作っている。デジタルノマドビザが発行され、世界中の人がエストニアの電子政府のサービスを受けられるような環境を作っている。これは、移住者を促進しようとする動きに見えるが、実際には、確かにスタートアップや高度人材は移住しやすい環境だが、人口を増やすことが目的というよりは、エストニアに関係する関係人口を増やすことで、ロシアからの脅威を排除することが目的で実施されている。

ネット上で騒がれれば騒がれるほどSF感の有ったエストニア像を修正すべく、エストニアではユニコーン企業、電子政府関係者、ブロックチェーン等のスタートアップ、e-Residency担当者など様々な人に会った。その中で見えてきた、僕の視点から見たエストニアのリアルを書いていきたいと思う。

ゼロから民主主義を、政府を作っていった起業家精神を持った政府

「エストニアといえば電子政府」と言われるほど、世界的にブランディングに成功したエストニアだが、忘れてはならないのは、この国がソ連崩壊からの独立後30年という非常に若い国であること。

エストニアは、旧ソ連の共産主義経済がうまく機能しないことがわかってしまった1980年代頃から、共産党員の政治家の中でも西側の市場主義経済に感度の高い若者たちが、モスクワに行っては、エストニアを経済特区にする申請をしていた。その流れの中で、突然ソ連が崩壊し、革命をすることもなく無血で独立を果たすことができた。その時、今まで使われていたルーブル紙幣も紙くずとなり、政治家もいない、軍隊もいない国が突然出来上がったのが、エストニアのスタートだったらしい。(この話はNHKの特集「ロデオ 民主主義国家の作り方」に詳しい)

日本のようにもう1000年にわたって国が存在する国からしたらイメージが湧かないが、新しくゼロから突然国をデザインすることを迫られたというのがこの国のスタート。その時に初めて行われた選挙で、30代の若者たちが中心になった党が勝ってしまい、国の創設は30代の若者たちに任されることになった。これは本人たちも当選として呆然としたという出来事だったらしい。

1000年以上の歴史がある日本が老舗だとすれば30年の歴史のエストニアは、文字通りいスタートアップとして突然始まった。

何もないところからスタートをした政府は、とにかくお金がない中で政府の形を作って行くしかなかった。一方、過去ソ連に支配された歴史から、ロシアと地つづきで隣接するという現実の脅威を目の前にしながら国を運営しようとした時、政府機能についてはコストをかけずに、デジタル技術を使ってできるだけ効率的なインフラを設計するしかなかったというコストダウンの要請からエストニアの電子政府はスタートする。

まずは、1990年代後半に、国民全員にデジタル上のIDが配布される。政治家もPC端末が配布され、国会の中でデジタル化が進む。2000年代に入ると、元々ソ連時代にセキュリティ技術を研究していた研究者たちが作ったCybernetica(サイバネティカ)がX-Roadという、各省庁がバラバラに持っている情報データベースを統合することなく、それぞれをつなぎこむという分散型のデータベース構築を行いました。最初は、80億円程度という超格安で初期の統合の仕組みが構築できたというのがポイント。

安価に整ったデジタルインフラの上で、あらゆるサービスがIDで電子化され始める。過去、ソ連時代にKGBによる監視などの記憶も新しい国民性だからか、個人情報の保護は徹底しており、各個人のデータについては、ミクシィの足あと機能のように、政府含め、誰からアクセスされたかというのが全てトラッキングできるようになっている。というと、非常にハイテクに聞こえるが、これらの仕組みはむしろ先端技術というよりは、既存の枯れた技術の組み合わせによって安価に実現しているというのがこの国の知恵を使っている部分。

国のデジタル戦略アドバイザーをしているマルテン・カリヴェツ氏に話を聞くことができた。指定された場所は、旧市街の丘を登ったところにある首相官邸。突然現れたのは、黄色のシャツをきて派手なサングラスをかけたお兄ちゃん。この人が、エストニアの国のデジタル化を推進するキーマンだという。マルテン氏によると、「このシステムのポイントは、E-government(電子政府)ではなくて、E-governance(統治を電子化する)なんだ。デジタル化することで、国や行政を効率化し、それによって良いサービスを市民に提供し、信頼を作る。そのポジティブサイクルを作って行くんだ」と。

この国のE-governanceは、若い世代の政治家が、ゼロから国を構築し、そのために一番コストの低いインフラとしてのデジタル技術を使わざるを得なかった、という「必要は発明の母」を地で行くような取り組みだったというのがその出自にある。デジタル政府は、目的ではなく、手段だったのだ。

国のデジタル戦略アドバイザーマルテン氏。安倍総理も楽しんだ首相官邸のテラス

テクノロジーを活用したエストニアの21世紀型国家マネジメント

貧しかったエストニアは、経済を発展させないといけない。そこで、企業を誘致することにする。この国はこの狭い国土にユニコーン企業が5社もあるのだが、その土壌を作ったきっかけは、みなさん誰もが知ってるであろうSkypeだ。この企業は、デンマーク人とスウェーデン人の二人が、豊富で安価なエンジニアを採用して開発を進めるためにエストニアを本拠地にした。国が電子化すると同時に、Skypeのような世界的なスタートアップのIPOが成功し、Skypeの関係者に多くのお金持ちが生まれた。彼らが、国内でスタートアップを育成する生態系を作り、スタートアップにとっても魅力的な環境を作った。結果、国家、スタートアップどちらの観点からも尖った環境ができたというのが、エストニアがデジタル立国をするまでの背景である。

マルテンさんによると、デジタル国家立国は、次のフェーズに来ていると言う。ヘルシンキとエストニアの間は1時間半余りのフェリーで繋がっているが、鉄道と光ファイバーを通して物理的につなげていく計画、FINEST LINKがある。ここにおいては、人種や文化の似たフィンランドとエストニアで経済圏を作り、世界的なハブ空港のあるヘルシンキと繋がることで、エストニアにはさらにヒトモノカネを呼び込むと言うスケールの大きい構想である。

ヘルシンキとタリンを繋ぐトンネルの構想(引用:railroad gazette)

物理的なインフラだけではなく、エストニアは、フィンランドと電子政府の基盤X-Roadを共有しつつ、政府のE-goveranceの取り組みの共通化、シナジーについても進めようとしている。すでにアゼルバイジャン、アイスランドなどの国にも活用され、日本でも市川市がその取り組みを始めている。エストニアは、電子国家の様々な取り組みを、セキュリティ以外の部分についてはGithubに乗せてオープンソース化して行く方針を出している。(政府のサービスのAI化などいくつかのGoverment Techのサービスについても、今後オープンソース化して行くというリリースが今年の6月に出たのは記憶に新しい)

引用:https://e-estonia.com/code-repository-for-e-governance/

これらの動きは、国がソフトウェアスタートアップ企業のようにオープンソース化をしながらX-Roadやその上のE-goveranceのソフトウェアをを世界中に活用可能にしようとしているのです。これは、紛れもなく国家という国境で隔てられた場所を開いていき、新たな国家という概念を作ろうとしている野心的な取り組みだ。しかし、なんでこんなことができるのだろうか?国家がこんな動きをするのは簡単ではないはず。

マルテンさんは、元々アーティストで、音楽系のフェスの運営からキャリアをスタートさせ、地域コミュニティ作りをしていたバックグラウンドを持っている人だ。そういうボトムアップの文化づくりをしていた人が、政府のデジタル戦略のアドバイザーをやっていること自体が、エストニアが自分たちの持つ資源を越えて外からヒトモノカネチエの資源を集めていく21世紀型の国家マネジメントを実践している例といえるのではないかと思う。

では、なぜエストニアはこのような革新的な国家像に向けて国民の合意をとって邁進できるのか?マルテンさんに案内してもらった首相官邸の会議室にヒントがあった。

首相官邸の廊下に飾られた、過去のソ連へのレジスタンスにより亡くなった英雄たちのポートレイト

首相官邸の大広間、日本でいうと歴代総理大臣の写真が飾られてもおかしくないような場所には、旧ソ連時代に弾圧されて処刑された政治家たちがアート風の肖像画として飾られています。この背景については詳しく聞きませんでしたが、旧ソ連が行ってきた共産主義と計画経済、監視社会という「過ち」に対して、絶対にそういう方向に進みたくない。それに対するアンチテーゼとしての自由主義、市場経済、民主主義というトライアングルをデジタル社会の中で実現するという理念を、強い国家的な合意を持って進めているのではないかと思った。

日本のような歴史のある国にいると、正直信じられないくらい起業家精神に溢れた国としてのエストニアの動きは、これまで岩盤と言われていた体制が突然崩壊した時、当時辺境にいて出島の活動をしていた若者たちが試行錯誤の中で国家を作り上げて来た国家としての若さがゆえに出来ているのだ。

エストニアモデルは、日本のような伝統国家にそのまま当てはめることは出来ない。エストニアは人口100万人だから、日本の100万人都市を始めとする地方自治体がまず取り入れ、それらが国家にも影響を与えて行くというのが日本におけるE-governanceへの道筋だろう。実際に、日本の地方の雄、福岡市の高島市長は何度かエストニアを訪れているようです。

国家的オープンイノベーションによる関係人口獲得戦略

エストニアの知名度を世界的に引き上げた、電子市民の取り組みe-Residencyも、国家がゼロから作られてきた流れの中で生まれて来たものと捉えるとわかりやすい。e-Residencyは、エストニア国家が市民に提供しているデジタル公共サービスを世界中の人が利用できる仕組みで、2014年に作られた。いわば、社内で使ってきたサービスを洗練させて、社外向けのサービスとしてリリースしたようなものだ。

噂のe-Residencyの運営オフィス。スタートアップ感を出すためか犬が出迎えてくれた

市内から少し離れた古いビルの上に新たなビルが付き木のように増築された新旧入り混じる不思議なビルにe-Residencyの運営オフィスがあった。そこで、e-Residencyのマーケティング担当をしているAlex氏に話を聞くことができた。なんと、Alex氏は政府の仕事をしていますが、国籍はアメリカ人だという。彼は、元々ホワイトハウスで働いてい他のだが、エストニア政府の未来像に魅力を感じ、エストニアに移住しエストニア政府のために働くようになった未来志向の人物だ。彼と話をしていて印象的だったのは、やはり、一貫したスタートアップ精神。

e-Residency自体が、サービスを作って世の中に出してみながら、どのようなニーズがあるのかを見極めて新たなサービスを考えるというまさにリーンスタートアップのようなモデルでサービスが作られている。おまけに、e-Residencyのメンバーシップを取得する時にもらえるワクワクするIDカードの入ったパッケージは、エストニアのデザイナーの学生を巻き込んでサービスデザインによって作られたそうだ。

e-Residencyの顧客ターゲットは、まずは、先進国でハンディなスキルとほどほどのお金を持っていて、世界中で移動しながら働きたい、いわゆるデジタルノマド。次に、インドや東欧に代表される、政府のサービスが非常にひどい国に住み、法人設立を含めて良い政府のプラットフォームに簡単にアクセスしたいという起業家、実業家。最そして、e-Residencyってなんだろう?という興味を持って入った人たちです。

今後の戦略としては、インドを代表とした新興国の優秀な人材を獲得しエストニアと接点を持ってもらうことが今後非常に重要になると考えているようだ。e-Residencyというプラットフォームは、政府が全てやるのではなく、民間のサービスとつなぎこむことで着々と進化している。以前は2度エストニアにこないとカードを取得できなかったのが、今は各大使館で発行できるようになっているし、法人設立は全てオンライン上で完結し、銀行口座その他のサービスについてもXOLO(元々leap-inと呼ばれていた)というサービスによって代替できるし、国際送金も、同じくエストニア初の海外送金サービスTransferWiseを使って簡単に出来る環境が出来つつある。

海外送金アプリとして欧州を中心に世界に広がるTransferwise。日本語版も。(https://transferwise.com/jp)

今後、世界中で働き、あちこちで生活するデジタルノマド、新興国の優秀なエンジニアなどの層が、エストニアと接点を作るプラットフォームへの扉として機能する役割を果たすのがe-Residencyなのだろう。

エストニア人が大事にするWell-being

ここまで、徹頭徹尾スタートアップOSを持ったエストニアの新たな動きを書いてきたが、一方でエストニアにおけるライフスタイルがデジタル・テッキーかというとむしろ真逆だ。エストニアの旧市街は、中世の街並みが残っており、プラハにも似た美しい街並みがある。

ちょっと郊外に出ると、森が残っており、車で20分もするとバルト海沿いの美しい海沿いの景色を楽しめる。フィンランド人と同様、あまり長い時間働くより、ほどほどに切り替えて週末はセカンドハウスでサウナに入って過ごすのがエストニア人の楽しみ方だそう。

バルト海沿いのレストランを眺めながらの夕食は最高に気持ちいい

「普段お休みの時に何するの?」と聞くと、「友人と一緒にビールを飲んで騒ぐか、フィットネスクラブに行くか、サウナに行くか」というのが、エストニアにおけるエンターテイメント。そこで、夏至祭の日の夜に、エストニア在住の日本人Alexくんと、オーストラリア人エンジニアJohnさんに、華金の楽しみ方の定番、最近地元にできたSPAランドに連れて行ってもらった。

日本で言えば、オシャレな温泉ランドのようなものですが、日本と違うのは温泉というよりサウナが主役だということと海パンを履いて入ること。一人19ユーロで3時間楽しめる。流れるプールと、ジャグジー、水風呂などがありながら、メインは6箇所あるサウナです。塩サウナ、フィンランド風の燻製サウナ、水蒸気サウナ、アロマサウナなど様々な種類があるのですが、一個一個のサウナに合わせて、インテリアがヒノキだったり、自然の映像が映っていたり、音楽がかかっていたり、光の加減が明るかったり、触覚、視覚、嗅覚、聴覚を駆使した体験が設計されているのです。

サウナの中にある葉は気持ちの良い熱風をかける団扇に

さらに面白いのは、1時間に一度行われるイベントです。ドーンと、インドネシアでありそうな太鼓が合図。80度くらいの熱めのサウナに入ると、10人くらいの人と一緒にインストラクターが入ってくる。ヨガのインストラクターっぽいのだが、当然サウナの中なので水着を着ている。暑いサウナの中で、タオルを振り回しながら、一人一人熱風をかけたり、アロマのついた葉っぱの松明のようなものでお互いの体を叩いたりしながら、最後に水をぶっかけられる。これはアロマが焚かれ、儀式によってノリノリの音楽が流れたり、マインドフルで静かな音楽に変わったりなど、こちらもサウナの体験自体が五感全体で楽しめるようにデザインされている。終わったら水風呂に飛び込んでスッキリし、お腹が空いたらビールを飲みながら食事をする。うーん、天国。

これは伝統的なスタイルのサウナではなく、新たなエンターテイメントとしてタリン市内に広がり始めている新たなエンターテイメントの業態らしい。日本でのSPAは、癒しやリラックスに重点を置いたものが多いが、アクティブにデジタルから離れたり、オフを積極的に楽しむというアクティブにリラックスする新しいスタイルのエンターテイメントな楽しみ方がもっと生まれてくるのではないかと思う。(日本でもサウナーという言葉が出て、サウナが人気になっているが、この背景にはデジタルから手軽にオフになり、自分の五感の感覚を取り戻せるということが大きいのではないか)

現地在住のSaito Alex Kotaくんは、「エストニアは、電子政府のようなデジタルインフラで有名になっているが、むしろスローでオンオフのスイッチを完全に切り替えるスタイルこそが、エストニアが好きな理由なんだ」という言葉が非常に印象に残った。

もしも、国がスタートアップになったら?

この旅を通じて感じたのは、「もしも、国がスタートアップになったら?」という問いを体現しているのがエストニアだ、ということだった。この手の国でいうと、一昔前のシンガポールは、「もしも国が企業型で経営したら?」という問いを体現した国だった。エストニアは、これがさらに進んで、今の時代のインターネットを基盤としたスタートアップ精神で経営したらどうなるのか?という社会実験のさなかにいる。文中にもあった、国がAIやブロックチェーンサービスなどを実装していく流れが進むとさらにこの特徴は際立ってくるだろう。

そう考えると、国家とはこうあるものだ、というモデル自体も、「スタンダード化」されたものだが、それはそもそもそうなのかという問いに突き当たる?結局国家は、人の群れの秩序を保つための装置でしかなくて、人口のサイズに合わせたガバナンスというものはあると考えると、サイズに合わせた国の形は違うし、逆にいうと、国家と州、町村などで全然別のガバナンスモデルに分化していってもおかしくない。

では、このモデルは1000年以上の歴史がある日本にはどのように適用できるのか?エストニアと比べると、日本は長く続く中規模の老舗企業のようなものだ。伝統も強いし中央集権的な流れも強い。これは、もし中央政府が立ち行かなくなった先の地方の再生モデルとして一番参考になる。人口サイズ的にも日本だと市レベルの規模だし、資源ゼロからスタートしているという点でも、今後地方自治がうまく回らなくなり、新たなモデルをゼロから作るプロセスとしてエストニアから学ぶというのが一番ストレートだ。デジタルを目的とせず、住人の利便性やコストダウンという役に立つ実感を作りながら相互信頼を積み重ねていく良循環を回すことが鍵だろう。

また、現在すぐにという視点で言えば、エストニアもそうだし、その周辺の旧ソ連国には、サイバーセキュリティの人材が偏在している。人材供給が決して豊富な訳ではないが、限られた人材が偏在しているという意味では、これらの人材にアクセスをするために、サイバーセキュリティ、ブロックチェーン系のビジネスをデジタルインフラの前提の上で開発する上では良い場所だろう。幸いスタートアップ人材や企業の受け入れには非常に積極的なので行きやすいし、その視点からエストニア、ヘルシンキあたりは次のIoTデジタルインフラやその周辺領域のイノベーションハブになりうる場所だ。

では、僕らの生活という視点ではどうだろうか?デジタル化された社会で効率性が上がった先に、僕らが求めるものは何だろうか?という問いが思い浮かぶ。エストニア流にデジタル化され始めた社会生活は、ハイテクなものではない。無理をせずアナログな楽しみ方とデジタル社会のバランス、は、デジタルヘビーユーザーが田舎生活を求めるのにも似ている。デジタル化の先に人間が求めるシンプルな暮らしのエッセンスも実は学び取れる部分があるのではないか?と思った旅だった。

Kunitake Saso

TEXT BY KUNITAKE SASO

戦略デザインファームBIOTOPE代表/チーフストラティジックデザイナー。東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。P&Gにて、ファブリーズ、レノアなどのヒット商品のマーケティングを手がけたのち、ジレットのブランドマネージャーを務めた。ヒューマンバリュー社を経て、ソニークリエイティブセンター全社の新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の立ち上げなどに携わったのち、独立。B to C消費財のブランドデザインや、ハイテクR&Dのコンセプトデザインやサービスデザインプロジェクトを得意としている。「直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN」、『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』著者。大学院大学至善館准教授。

Published in未来観光