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偏見を減らす取り組みの功罪─社会心理学の視点から読み解く

偏見に対する姿勢と前提理解

近年、偏見に対する問題は、日本のニュースでもよく取り上げられている。問題視されているのにもかかわらず、なぜ一向に解決されないのか?どのような取り組みがされているのか?そもそも、私たちは一体、どれほどこの問題について正しく理解しているのだろうか?

このエッセイでは、誰しもが持っているステレオタイプと偏見について、社会心理学の視点を踏まえて読み解いていく。

そもそもなぜこのテーマを研究しているのか

私は「ステレオタイプと偏見」に関する研究を約4年続けている。この研究テーマを選んだきっかけは、とある企業で女性活躍推進の政策をしていたときのこと。その会社では、女性は一般職しか採用していなかったが、私が入社したその年から総合職も採用を始め、人事としても既存の女性社員の動向をつかみたかったのだろう。そこで、女性社員の待遇満足度数を測るため、「今よりも出世したいですか?」といった質問をはじめとするインタビューとアンケートを行った。

そして結果は驚くべきものであった。インタビューでは、約90%以上の人が「現状で満足している」と回答したにも関わらず、アンケート(匿名)では約65%が「出世したい」と回答したのだ。本音と建前とはよく言ったものだが、このとき、これはれっきとした社会問題であること、そして一方的な政策で解決するような単純な話ではないと確信した。この日から「ステレオタイプと偏見」をテーマに修士号を取ろうと決意し、慶應メディアデザインに入学した。

ニューヨークでの体験

慶應メディアデザインを選んだ最大の理由は、Global Innovation Design (GID)という、1度の留学でロンドンとニューヨークに行けるプログラムがあったことだった。「デザインを通してステレオタイプを軽減する」というコンセプトのもと、各国の文化や情勢を理解した上で国際比較を行うことができた。 

最も刺激的だった体験は、アメリカで行われたウィメンズ·マーチ(Women’s March、女性の行進)に参加したこと。これはトランプ氏の就任翌日の2017年1月21日、政権への抗議と女性の権利などを求め象徴として実施され、全米で500万人以上が参加し、1日間のデモ活動として史上最大規模を記録した。

もちろん参加者は女性だけでなく、割合としては体感として男女同率に近かった。政権への市民のセンシティブさ、声を出して主張することの重要さを痛感すると同時に、問題の前提が足並み揃った状態で市民は理解していると感じた。例えばフェミニズムというのは「人権問題」である認識をしている人がアメリカでは多く、女性を贔屓する·女性しか行う活動ではないことをほとんどの人が理解していたのだ。「私には関係ない」ではなく、行動に移している団結力は、ただ単にネットで読んだ定義を鵜呑みにせず、知識を自分の言葉や立場に置き換えて、自分なりに咀嚼したうえで生まれているのだろう。日本でも女性活躍を始めさまざまな活動が行われているいま、改めて、あなたにとって「男女平等とは何か」を問いたい。

「平等」ってどういう状態?

平等、不平等と一口に言ってもそれぞれの解釈や想像するシーンは異なる。以下の画像は、それぞれの定義を図解とともに解説してくれている。

https://www.ukfiet.org/conference/towards-building-back-equitably/

左上のInequalityは、木の傾きやりんごの数(機会)が圧倒的に片方に偏っている不平等さを象徴している。右下のJusticeは、両者とも同じはしご(ツール)を使いながらも、木の傾きやりんごの数(機会や基準)を均等にする施策を実現させている。左下のEquity?は、それぞれの機会や基準を理解したうえで、はしご(ツール)をカスタムして提供している。

ここで最も重要なのは、右上のEquality。同じ高さのはしご(ツール)を与えて一見平等に見えても、木の傾きやりんごの数(機会)や基準、そして生まれ持った特権がそもそも初めから違う状態だ。

これらの深い解釈や個々人の信念はさまざまだろうが、Equality?の状態が平等だと思っていた人も少なからずいるのではないだろうか。思った以上に「平等」と言われる環境に到達するまで、相当な時間や労力がかかり、単純ではない。

それでもなお、「マイノリティをサポートするなら、マジョリティにも焦点を当てないと、それこそ不平等ではないか?」という発言もある。具体的には「女性活躍推進だけするなら男性は?」という懸念や、#BlackLivesMatterのハッシュタグ運動が起きた時も、#AllLivesMatterという「大事なのはアフリカ系アメリカ人の命だけではない」という反発現象である。これは、一見普遍的な倫理規範の再確認のように見せかけていて、前提であるバイアスの存在を議論から排除しようとしている悪質な「まぜ返し」でしかない(『無意識のバイアス(明石書店)』より引用)。こうした現象がなぜ起きるのかは最後に触れるが、ここでは「平等と特権」を中心に話を進める。

http:// https://unsplash.com/

リンゴの木の話でもわかるように、平等を実現するためには、もともと持っていた立場を剥奪したらいいという短絡的な話ではなく、平等とは全体を等分できるケーキのような状態ではない。マジョリティVSマイノリティという方程式ではなく、まずは自分の生まれ持った「特権」を知ること、つまり自分はどれほどリンゴにアクセスしやすい存在であるかどうかを「理解」することが非常に重要なのだ。

定義や前提をわかっていても、実際にJustice(右下)の状態まで持っていくにはどうしたらいいのか。現時点で明らかにされている、社会心理学の研究とキーワードをいくつか紹介する。

先行研究 

1:リバウンド効果

巷で行われている「バイアスを減らす研修」が、逆効果つまりバイアスをさらに助長してしまう可能性があるとLouise F. Pendry (2007)は指摘する。これをリバウンド効果と言い、「バイアスを持つことはダメだ」という強い圧力は、長期的にみて偏見を増長させ、怒りと軽蔑を表明するという、予期せぬ悪影響を及ぼす可能性が高くなる。つまり、研修者はこうした事実に細心の注意を払い知識をつけたうえで、社会心理学者は実験室での理論と研究が実際のトレーニングにどのように反映できるかを意識すると、双方にメリットがある。社会心理学者と研修者の間で、目線合わせを行えるようなパートナーシップが必要であり、それにより双方の専門知識を発展させることができるのである。

2:青い目茶色い目

青い目茶色い目は、Jane Elliottによって設計され、30年以上にわたって実施されてきた。 アメリカ中西部のアイオワ州の小学校で「人種差別についての実験授業」として始まったものだが、このプログラムは社内研修目的としても使用されている。この授業では、青い目と茶色い目の2つグループに分類したあと、先生は「青い目の人は偉いです」と言う。茶色の目の子供たちには、黒い襟をつけさせ、青い目が優位だと区別させた。初め生徒たちは戸惑い、不本意で不快に感じても、徐々に生徒たちの行動が変化していき、茶色い目のグループに対して差別的な行動をとるようになっていった。喧嘩も生まれ、茶色い目のグループの生徒は泣き出すなど、過激的な状況を目の当たりにしたあと、授業終了後、Janeは丁寧にフォローアップをした。生徒は与えられた偏見に関する資料をしっかり理解したうえで、クラス全体で議論をしたり読書したりした。

しかし、青い目が「優位」とされた翌日には、「実は、間違っていました。茶色い目の人が本当は優れているのです」と、生徒たちを逆の立場に置かせ、両方のグループが「差別をする·差別をされる」体験をすることが目的の授業だった。

「青い目茶色い目の実験授業」は、強力かつその場での即効性がみられるというが、研究によると長期的な影響は明らかになっていない。さらに、差別を両方面から体験するという強い刺激は、肯定的な態度を生むとは限らないという。

3: Implicit Association Test (IAT)

IAT(https://implicit.harvard.edu/implicit/takeatest.html)は、キーワードを振り分けるときの反射神経により、受験者の無意識のバイアスの度合いを測れるオンライン上のテストである。小林知博 (2004)は、ある事柄(人や考え方など)と「良い―悪い」や「好意的―非好意的」などの感情との結びつきを測定するよう作成されているという。具体的には、ターゲットとなるカテゴリー概念(虫VS花、人種、ジェンダーなど)と、それに対する快VS不快の連合を測定するものである。

Fig.2 IAT課題・画面の模式図 (小林,岡本)

上記画像のように、テストの内容は、表示されたポジティブなキーワードVSネガティブなキーワードをカテゴリー概念に振り分ける。その後、瞬間的にキーボードを押して進めていくのだが、これによりターゲットグループのメンバーを区別するように求められる反応時間を測定する。つまり、グループのカテゴリー概念に対する無意識の連合が強ければ強いほど、反射神経によって素早く応答できるという仕組みである。

IATによって受験者の無意識のバイアスを可視化するのだが、意図しなかった結果を目にする不快感や罪悪感は、差別対象に対して将来的にプラスの行動をとれるような影響をもたらす可能性があるという。そのためIATは、教育や研修において有用とされているが、表層的行動にどのような影響をもたらすのか、長期的にどう変化するかなど、このメカニズムと結果を完全に理解するには、一般の人々(心理学者でさえも)によっては容易ではないということも理解する必要がある。さらに、一部の受験者は、自らの偏見に対する解釈に基づいて考えるため、誤った結論を導き出すこともある。結果に対してポジティブな反応でバイアスに対する意識の向上がみられる受験者もいる一方で、不快感や罪悪感を強く示す受験者もいるという状態は避けられないという。しかし重要なのは、IATスコアによって強いバイアスが見られても、実際に差別を生み出す行動を将来取るのかどうかに関しては、社会心理学的証拠の見解はさまざま(つまり100%差別するとは言い切れない)という事実を受験者に伝えることで、受験者の不安を和らげることができる。

以上、有効であるとされるIATだが、非常に複雑なため、しっかり説明できる能力と知識を持ち合わせた研修者が必要なため、欧米では研修者向けの社会心理学的訓練を提供しているプログラムもあるという。よって、正しい知識と深い理解を持つ研修者は、効果的なプログラム強化を促進することができる。

4: 父親と息子

まず、以下文章を読んでいただきたい。

父親と息子が自動車事故に巻き込まれ、父親が死亡し、息子が重傷を負った。父親は事故現場で死亡したと宣告され、彼の遺体は地元の遺体安置所に運ばれた。息子は救急車で近くの病院に運ばれ、すぐに緊急手術室に運ばれた。外科医が呼ばれた。到着し、患者を見ると、主治医は「ああ、なんてことだ、それは私の息子だ!」と叫んだ。

この状況を説明できますか?

研究によると、多くの人は状況を深く想像し、複雑な回答をする傾向にあるという。しかし答えは至ってシンプル。この外科医が息子の母親なのだ。「父親と息子」のプログラムは非常に強力で、職業的ステレオタイプが与える影響について議論を生み出し、思考を促すことができる。

そのうえ、参加者が必要以上に動揺したり不快になったりすることも少ない。 しかしながら、こうした職業的ステレオタイプを「理解して」問題を解決できる人もいれば、実際には解決できない人もいる。ステレオタイプは過去の影響(生まれ育った環境や文化)によって学習した上で形成され、それが現在にも自動的にアクティブ化される可能性があるからだ。これは偏見が強い弱い関係なしに、誰にでもあるプロセスだとDevine, P. G. (1989)はいう。

一方で、ステレオタイプの活性化は個人差があり、人によっては防ぐことができるということが最近の研究で明らかになった。例えば、Moskowitz, G. B., Gollwitzer, P. M., Wasel, W., & Schaal, B. (1999)は、平等に関する活動にコミットしている人は、ステレオタイプによる影響を回避できる可能性があると結論づけた。

5: Perspective taking

Galinsky&Moskowitz (2000)によると、Perspective takingとは、ステレオタイプ化されたグループのメンバーの一人称の視点·立場に立ってみるという手法である。 これにより、偏見のあるグループへの親近感が増し、被験者は無自覚のまま偏見が減少する傾向にあるという。高齢者の視点からエッセイを書くことは、その後の高齢者に関する固定観念を減らしたという実験結果もある。

以上、紹介した5つはほんの一部かつ非常に簡潔化したものではあるが、古代ギリシャの哲学者ソクラテスの言葉を借りると「善は知識であり、悪は無知である」というように、社会心理学の用語やなされてきた研究の一部の知識が、少しでも何かの役に立てていただけると幸いである。

有効なファーストステップ

まずは自分の持っている「特権」を知る

「平等」の図解でも触れたが、自分の特権を知ることは重要かつ大きな一歩として貢献できる。性別や人種だけでなく、生まれた地域や教育など、さまざまなベーシックな観点から振り返ることがスタートだ。研究によると、有利な特権を持っている人たちほど、マイノリティへの問題意識を持つこと自体が差別的と思う 人が多いということも明らかになっている。これが反発運動の原因の一つだと考えられている。

http:// https://unsplash.com/

日本においてもっと深刻なのは、「この問題についてあからさまな発言をしなければ私は差別主義者ではない、だから無視が一番平等だ」と思い込んでいる人が多いことだ。これは完全な間違いである。生まれ持った特権が、その特権を持ったまま存在しているだけでも差別につながっている認識が広がってきている。特権を持った集団の中で育っていくことにより、潜在的なバイアスが培われていくことに気づいていないことが大きな原因であると考えられている。

自分の持っているバイアスに気づく

IATを受けることが、もっとも容易で無意識なバイアスが露呈される方法だ。仮に結果が自分が予期したものではなかったとしても、気づけたことによって制御してコントロールすることは大いに可能である。

一般的に、脳から無意識の指令が出て表層の行動にうつされるまではタイムラグがある。例えば、「チョコレートケーキが食べたい」という指令を認識したとしても、実際に食べるかどうかの最終判断は自分に委ねられている。それと同じで、制御できてもできなくても、多少の罪悪感は内省につながり、今後の自分の行動にポジティブな影響をもたらしてくれる。一人ひとりの意識や行動が未来を良くも悪くも変える影響を持っていることを念頭に、ぜひ一度取り組んでいただきたいと思う。私自身も、学術的知見を社会実装の貢献に役立てることを目標に、これからも研究を続けていきたい。

References

Louise F. Pendry, Denise M. Driscoll2 and Susannah C. T. Field, Diversity training: Putting theory into practice, Journal of Occupational and Organizational Psychology (2007), 80, 27–50 

小林知博, Implicit Association Test (IAT)の社会技術への応用, 社会技術研究論文集, Vol.2, 353-361, Oct. 2004.

Devine, P. G. (1989). Stereotypes and prejudice: Their automatic and controlled components. Journal of Personality and Social Psychology, 56(1), 5–18. https://doi.org/10.1037/0022-3514.56.1.5

Moskowitz, G. B., Gollwitzer, P. M., Wasel, W., & Schaal, B. (1999). Preconscious control of stereotype activation through chronic egalitarian goals. Journal of Personality and Social Psychology, 77(1), 167–184. https://doi.org/10.1037/0022-3514.77.1.167

Galinsky, A. D., & Moskowitz, G. B. (2000). Perspective-taking: Decreasing stereotype expression, stereotype accessibility, and in-group favoritism. Journal of Personality and Social Psychology, 78(4), 708–724. https://doi.org/10.1037/0022-3514.78.4.708 

Theresa VescioGretchen B. SechristMatthew P. Paolucci, (July 2003), Perspective taking and prejudice reduction: The mediational role of empathy arousal and situational attributions, European Journal of Social Psychology 33(4):455 – 472

TEXT BY HAZUKI MIYOSHI

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科修了。在学中、The Global Innovation Design (GID)という留学プログラムにて、ロンドンにあるImperial College and Royal College of Art (RCA) とNew YorkにあるPratt Institute (Pratt)へ留学する。東京大学生産技術研究所 山中俊治研究室で研究を行い、現在は東京女子大学で社会心理学の研究実験に携わる。フリーランスとしてもデザインコンサルを中心に活動中。コンタクトはこちら:hazuki.miyoshi31@gmail.com

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