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【後編】生命のエッセンスを全身で体現していくリジェネラティブな旅

Ecological Memesでは、Regenerative Leadership(リジェネラティブ・リーダーシップ)という英書の読書会を開催している。

<前編>のレポートでは、昨秋10月に行われたABD読書会の第一弾の様子を紹介した。パート1・2を読み進める中で、リジェネラティブ・リーダーシップの思想の基盤となった「分離」と「再統合」という歴史的文脈、そして二筋のダイナミクスと三つの「生命の領域」からなる”DNAモデル”の全容に迫った。

ABD<後編>では、パート1・2の内容をリキャップしつつパート3の応用編をカバーすることで、いかにしてそのモデルをリジェネラティブ・リーダーとして実社会で実装していけるか理解を深めた。

本レポートでは、そんなリジェネラティブ・リーダーシップをめぐる旅の続きをご紹介していこう。

アクティブ・ブック・ダイアローグ(ABD)の読書法については<前編>で説明してあるので参考にしていただきたい。

内と外の持続性を両立し、受け取るよりも多くの価値を残していくリーダーシップとは

さて、本の内容に入る前に、今回の会の冒頭で観た二本の動画を共有しよう。エコロジカルミーム発起人・小林が著者らに会いにコペンハーゲンへ行った際に撮影したインタビュー動画だ。これからの社会変容における”ツボ”やリジェネラティブ・リーダーシップのエッセンスなど、本人たちが直接話した貴重な言葉が詰まっている。

Giles Hutchinsのインタビュー
Laura Stormのインタビュー

著者のLauraは、長い間サステナビリティの分野で活動し、社会そして地球のために奮闘していた。しかし、奔走を続けた彼女を待っていたのは、外傷性脳損傷という形のバーンアウトだった。やるせなさに打ちひしがれるなか、彼女にできることといえば、自然という圧倒的な存在にすべてを委ねることだったという。

この自然との対話のなかで見えてきたものがあった。

それは、たとえ「豊かで持続可能な社会を築く」というビジョンを標榜していても、そのために活動している人たち自身が「内のサステナビリティ 」を軸としていなければうまくいかないという気づきだった。「自分とはどういうものか」「ヒトとしての本質はどこにあるのか」こういった問いと向き合うようになったのだ。

デンマークにある国立公園でインタビューを受けてくれたLaura。

本の中で頻繁に使用されるnatureという英単語だが、日本語にすると「自然」という意味以外に「人やものの本来の個性・特性」という意味がある。内なるサステナビリティとは、シンプルに「自分らしさ」の模索を通じて生まれてくる、自己との深いつながりのことであるようだ。

そして、内とのつながりを持って社会と向き合うとき、「受け取るよりも多くの価値を残していく」リーダーシップが必要になるとLauraはいう。従来のリニアな経済モデルの限界はもうすぐ目の前まで来ている。これからは資源の開発や従業員の管理など、経営におけるすべての領域で価値を”再生”していくリジェネラティブな姿勢こそが「外のサステナビリティ」を実現する鍵となる。

そのための現状診断とリジェネラティブ・リーダーシップのDNAを応用する際の指標として著者が用意したのが、「DNA診断ウィール」と「生態系マップ」という二つのツールだ。

千里の道も一歩から:可視化から始める自己・組織変容

パート3で紹介される二つの応用ツールのうちの一つ目が「DNA診断ウィール(The DNA Diagnosis Wheel)」だ。

DNA診断ウィール

DNAの各項目に関する質問が用意されていて、それに対し三段階評価で回答し、その結果を車輪型の用紙に色別でまとめる、という至ってシンプルな現状診断法。生命システムデザインと文化には各項目につき三つの質問(そのため合計点は9点)、在り方の各項目にはそれぞれ一つずつ質問が用意されている(合計点3点)。

DNA診断ウィール回答例

このように、パッと見ただけでどの領域が順調で、どの領域が停滞気味かが把握できるようになっている。

従来のように文字や数字での評価法ではなく、円形と色を駆使することで、生きものとしての組織の内側の状態から外側の状態まで、ひとつなぎの全体性を直観的に可視化できるのがこのウィール(車輪)だ。シンプルなだけに、スッと入ってくるような感覚がある。

会場の色ペンは限られていたが、できれば各項目色を変えカラフルに塗るのがコツ。
お互いのウィールを並べ、見比べてみる。
そこで感じたことや気づいたことを対話を通して共有。

DNA診断ウィールを終えると、次は応用ツールの二つ目「生態系マップ」。

このマップは、組織や個人と関わりをもつステークホルダーを書き出し、網目のようにつなげることで、それらによって構成される「生態系」を可視化するワークだ。

生態系マップ描画例

方法を簡単にまとめると、まず白紙の中央に組織や自分を表す円を書き、関係をもつ人やもの、状態などの要素をその周りに書き足していく。その際、紙を左右で分け、右はインナー(内側と関係をもつ)、左はアウター(外の世界で関係をもつ)と区別する。

その後、各プレーヤー間に関係を示す線を描き加えていく。それぞれリジェネラティブなら暖色、ディジェネラティブ(生命が劣化するよう)なら寒色と色を変え、その質の度合いによって太さを調節すると一気に視認性が上がり、直観的に捉えやすくなる。

上図の例の場合、仕入先や政治機関などの対外関係は比較的に順調にいっている反面、組織の内側は”ストレス”や”組織文化”を中心にディジェネラティブなエネルギーが流れているのが一目瞭然だ。また、そういった組織内環境において、informal leaders(肩書きとは関係なく率先してリーダーシップをとるメンバー)が鍵を握っているかもしれないということも見て取れる。

生態系マップを描き終えたら、最後はリフレクション。そのマップを眺めながら、それぞれのステークホルダーが他のプレーヤーにどう影響を与えているか一度熟考する。一人で考えるだけでなく、仕事にそのマップを持って行き、気になったプレーヤーと対話するのも良い。また、会議の最中に少し下がって全体を俯瞰し、どのような関係性や権力の働き、言動の元となる動機や想いが係わり合っているか観察する。一つ一つのインタラクションを単なる業務上の経済活動としてとらえるのではなく、生きもののダイナミックな相互作用として認識することで、普段気がつかない緊張やエネルギーが見えてくるはずだという。

組織とは生きものの集まる空間であり、そこには生きもの的な営みがある。
前編に続き、観察や聴くといったキーワードが出てくる。これまでのリーダー像において重要とされてきた表現力や行動力に加え「知覚力」や「感受性」が求められている証拠だ。

このプロセスを焦ることなくじっくりと行う。突然ジャングルの中に放り込まれた場合、数日でそこにある生態系を理解することは不可能だろう。人が織り成す生態系も同じだという。

数週間もしくは数ヶ月かかるかもしれない。人によってはそれ以上の時間がかかるだろう。そうして観察やファシリテートを繰り返す中で、身の回りの多種多様なステークホルダーが織り成す生態系の全体像が浮かび上がってくる。これが、生態系ファシリテーターへの第一歩である。

個人用の生態系マップも同様のステップでビジュアライズ。

生きものとしての感覚や直観に素直に生きる

著者のGilesとLauraが提示する21世紀型の組織変容法、リジェネラティブ・リーダーシップ。その骨組みは、必ずしも革新的な理論を打ち立てているわけではないように思える。では、なぜここまでこの本に心を打たれるのだろうか。

その感覚は、ひとりひとり異なる。また、言葉にしてしまうと、そこからこぼれ落ちてしまうものもあるかもしれない。

ただ、組織のリーダーにとっても一個人にとっても、社会に生きるからには不条理な秩序と向き合わねばならないときがあり、そこには様々な葛藤や焦燥がある。

そんなモヤモヤ(著者の言葉でいえば”degenerative”)を、「人生と生命を肯定する(life-affirming)」という実にシンプルな観念でもって解消してくれるのが、リジェネラティブ・リーダーシップなのではないだろうか。

生きものとして大切な感覚や直観、つまりその生命そのものに素直に生きる、ということである気がする。

GilesとLauraが提唱するこのパラダイムだが、すでに世界の至るところで粛々と広がりを見せていることも事実。環境危機の到来や人工知能の発達、また世俗化や情報化の波が収まらないのを背景に、人間とは何か、その本質と向き合う人が増えてきた証だ。

21世紀も5分の1が終わり、世界は確実にリーダーシップの新時代を切り拓こうとしているのである。

筆者も、この本や対話を通じリジェネラティブな在り方と向き合っていく中で、これまで言語化せずとも生きものとしての本能でもって感じていた、土性骨のなかにひそかに沈殿していたものが呼び覚まされる感覚があった。

様々な社会の法則のなかに身を置く以上、常に人としての命のnatureを全うすることは難しい。家族や友人との人間関係が上手くいかなかったり、毎朝満員電車に揺られたり、一日何時間もパソコンと向き合ったり、真にやり甲斐を感じられない仕事を続けてしまったり。どれも生命に対して肯定的ではない。

だからこそ、その現実に悲嘆するのではなく、自分の「内」と対話を重ねながら新たな道を模索する、あるいは自分が真に追求したい道の途上にあるものだと受け容れるところから始まるのだろう。

そして、一瞬一瞬、生きものとしてのエッセンスを全身でもって体現していくような人生の旅に、一歩、出ることができた気がする。

TEXT BY SHUHEI TASHIRO
PHOTOS BY KANA HASEBE, SHUHEI TASHIRO

田代 周平 Shuhei Tashiro

一般社団法人 Ecological Memes 共同代表。
国際環境NGO Sustainable Ocean Alliance 日本チャプター共同発起人・代表。
ハイデルベルク大学大学院人類学修士課程在籍。

大学時代は、オランダ・ユトレヒト大学にてリベラルアーツを学びながら、同時に戦略コンサルティングファーム The Young Consultant に勤め、プロジェクトリーダーとして学生チームを主導。大学卒業後は、農業体験プラットフォーム WWOOF でのボランティアを通し、ポルトガルにおけるパーマカルチャーや自給自足生活の世界を肌で学ぶ。その後、船旅での地球一周を経て、領域横断型プロジェクト Ecological Memes に参画。現在は同団体の共同代表を務める。他にも、幼い頃からの海への愛から、日本における海洋課題に着目。国際環境NGO Sustainable Ocean Alliance の日本チャプター立ち上げに従事し、ボランタリーチームと共に若者と海洋をつなげるプログラムを開発・実施している。2020年秋より、ドイツ・ハイデルベルク大学の人類学修士課程に在籍。民俗学・エスノグラフィーの観点から、人間と自然の関係性を研究中。趣味は、音楽とダイビングと日曜大工。

※Regenerative Leadershipを土台としたラーニング・ジャーニープログラムを準備中です。ご興味ある方はぜひご連絡orフォローください。
※本 (英語)の購入・勉強会・翻訳などに興味がある方もぜひご連絡ください。

●Ecological Memesについて
Ecological Memes(エコロジカル ミーム)はエコロジーや生態系をテーマにこれからの時代の人間観やビジネスの在り方を探っていく領域横断型プロジェクトです。

自然との共生や身体感覚への回帰、あるいは循環型の暮らし、より生命的な世界観や組織の在り方などが広がっている時代に、生態学や複雑系科学、あるいは東洋思想や身体知性など様々な分野の知見を掛け合わせながら、エコロジー(あるいは、そうしたことを志向する個人の在り方や社会の移行)というものと向き合い、これからの時代の生き方・暮らし方・群れ方についての学び合っていくための探索型サロンなどを行なっています。

https://www.ecologicalmemes.me/

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