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[対抗文化の新都より Vol.4]
Ars Electronica
AI時代に問うヒューマニティー

科学技術を用いた芸術表現の分野に関わっていることもあり、今回は欧州のメディアアート事情と社会をテーマに綴っていきたい。

欧州のメディアアート分野を語るときに、必ず名前があがるのが、毎年オーストリア・リンツで開催される世界最大のメディアアートの祭典Ars Electoronica Festivalだろう。40周年を迎えた2019年は、1000を超える展示とイベントが開催され、過去最大の来場者数約11万人を記録した。

アート×テクノロジー×ソサエティーの生態系を育む

1979年の創立当時からはArs Electoronicaは、「アート・テクノロジー・社会」をテーマに、これから予見されるコンピューター、バイオサイエンス、ロボティクスといった科学技術とアートを結びつけ、社会革新の視点を持つフェスティバルとして発展を遂げてきた。
1987年にスタートした、メディアアートを表彰するコンペティション「Prix Ars Electronica」をはじめ、1996年には常設の教育機関・美術館である「Ars Electoronica Center」、オリジナルコンテンツを開発するR&D部門「Ars Electoronica Future Lab」が立ち上がる。
フェスティバル・教育施設・コンペティション・研究機関・プロダクションといった要素が全てそろった文化・芸術機関は世界のなかでもめずらしい。

SAY_SUPERSTRINGS/dastrio (KR/DE), OUCHHH (TR) | ©️vog.photo
Hebocon/Korinna Lindinger (AT), Romedius Weiss (AT), Michael Hackl (AT), Andreas Pils (AT); Ars Electronica (AT) | ©️vog.photo

以前、Ars Electoronicaで総合芸術監督を務めるゲルフリート・ストッカーに取材した際、彼はそのミッションについてこう語っていた。
「われわれのミッションは、アートが社会に影響を与える可能性やパワーを理解し、アーティストが新しい科学技術を使った表現領域を広げられるようにサポートすることです。テクノロジーやサイエンスがどのように文化や社会に影響、もしくはインパクトを与えるのか?アーティストはこれらの事例を示すのに最適な専門家と言えます。
しかし、ビジネスや社会にアートの可能性を取り入れていくことは容易ではありません。ソーシャルまたはプロダクトイノベーションを実現したいのであれば、利益のみに焦点を当てるのではなく、トライ&エラーを繰り返し、アートやクリエイティビティ、そして文化が社会に組み込まれていくエコシステムを時間をかけて構築、育成していくことが大事ではないでしょうか?」

ArchaeaBot | Anna Dumitriu (GB), Alex May (GB) | ©️Vanessa Graf
©️Tom Mesic


約40年という時間のなかで、異なる文化、価値観、領域の人々が相互理解のうえで対話ができるように、トランスレーターとしての経験を積み重ねてきたArs Electoronica。テクノロジーの進歩でヒューマニティーがどう変わっていくのかという視点が土台にあったうえで、Art x Education、Art x Society、Art x City、Art x Scienceといったアートドリブンで創造する未来の社会のかたちを探求し、世界中のアーティスト、研究・教育機関、企業、行政などと協業しながら、活動の幅をひろげている。

AI時代に問われるヒューマニティ

毎年、Ars Electoronicaは時代を先見するようなエッジのきいたテーマを設定している。
40周年をむかえた2019年のテーマは、「Out of the Box -the Midlife-Crisis of the Digital Revolution(デジタル革命が迎えるアイデンティティクライシス )」。
このテーマを読むにあたり、重要になるのは過去2年のテーマである。
「AI、もう一人の私」(2017年)、「ERROR、不完全さのアート」(2018年)、そして2019年の「Out of the Box、デジタル革命が迎えるアイデンティティクライシス」は、共通事項がある。
それは、AI時代に問われるヒューマニティー。インターネットに匹敵するくらい日常に浸透しつつある技術として、近年AIに注力するアルスエレクトロニカ。AI分野を中心とした科学技術の進化に対し、人間がどう向き合っていくのかという点にフォーカスし、連作として過去3年のテーマは設定されている。

人間の皮膚細胞を培養して生物学的ニューラルネットワークを制作、「脳」のようにアナログモジュラーシンセサイザをリアルタイムで制御するという、”バイオロジカル”なサイバネティックシンセ《cellF》| Guy Ben-Ary (AU), Bakkum Douglas (US), Mike Edel (AU), Andrew Fitch (AU), Stuart Hodgetts (AU), Darren Moore (AU) and Nathan Thompson (AU) | 2017 Ars Electronica | ©️Christopher Sonnleitner

「AI、もう一人の私」では、トレンドや単なるインテリジェンス、情報アーキテクチャとしてAIをとらえるのではなく、インターネット革命に次ぐ「新しいインテリジェンス」としてAIをとらえた。急速な技術革新のなかで、人間とテクノロジーがどう共存をはかり、人間としてわたしたちは、どうあるべきなのかという視点で議論を投げかけた。

内蔵された4つのモーターのみで動く巨大チューブ。その周りを囲むスピーカーを持った人間。黒い塊はまるで大蛇のように蠢き、スピーカを介し予測不可能なサウンドが轟く。儀式のようなサウンドパフォーマンス「πTon」| Cod.Act (CH) | 2018 Ars Electronica | ©️Xavier Voirol

その次の「ERROR、不完全さのアート」では、そうした共存の先に浮かび上がってくる「人間の可能性や創造性」にフォーカス。AIの進化の過程で追求され続ける合理性や、最適化のうらで失われる多様性、あいだのグラデーションの重要性を「不完全さとしてのエラー」というキーワードで解いた。人間らしい行為や余白を内包するエラーや不完全性が、私たちの未来において重要なヒントであると示唆し、人間の創造性や寛容な社会のあり方を思考した。

そして、これら過去2年のテーマを包括し、デジタル革命による局所的な社会問題が全体像として浮かび上がってきた現代社会を反映したテーマが、2019年の「Out of the Box、デジタル革命が迎えるアイデンティティクライシス」である。

Understanding AI Exhibition | 2019 Ars Electronica | ©️vog.photo

このテーマに対し、ストッカーは語る。
「インターネットをはじめとしたデジタル革命は、今まで人間が持っていた既成概念を破壊し、利便性や可能性を生み出してきました。しかし、テクノロジーの進化はいつのまにか企業や国家のパワーと強い結びつきを持ち、私たちは、それらによって囲い込まれたBoxの中で暮らすことが当たり前になっています。Box(既成概念)を本質的に批評し、そこから抜け出す手段『セカンドオピニオン』としてアートは大きな役割を果たします。今年のテーマに対し、一人一人が”Box”の部分を自分が信じて疑わない何かに置き換えて考えてみてください。」

アーティストの身体のニューラルネットワークを使って描かれた《Humanity (Fall of the Damned)》| Scott Eaton | 2019 Ars Electronica | ©️vog.photo

停滞感から分極化されていく昨今の世界情勢において、思考と意思決定の自動化ではなく自律性が求められる時代。Box(既成概念)の中で暮らしていることに気づかない、もしくは気づいていても出ようとしないという状況。
それは、AIなど生活の中に入り込み浸透していく科学技術そのものだけを指しているわけではないだろう。ストッカーの言葉にあるように、アルス・エレクトロニカは、アートをとおして、Boxを現代におけるあらゆる既成概念におきかえ、批判的にみることで多様な議論を誘発した。

ブラックボックス化するAIサービスの解剖図

Ars Electoronicaのプログラムは、毎年テーマにもとづき、エキシビションをはじめ、パフォーマンス、トーク、ワークショップなどが開催される。2019年は、世界45カ国の1,449人に上るアーティスト、サイエンティスト、テクノロジスト、アクティビスト、企業などが参加した。その中で印象的だった作品をいくつか紹介する。

AIというインテリジェンスは、政治、経済、医療、司法、教育などあらゆるものに組み込まれ、私たちの日常生活の中で急速に浸透している。それは、社会システムや個人の尊厳、人間の生命観さえも変える影響力を持っている。

ソーシャルメディアの普及とAIの進化もその一つ。
大衆から個人にカスタマイズされたプロパガンダの波は世界を混乱させ、分断化の傾向を招いている。この流れが顕著に現れたのは、2016年の米大統領選とブレグジットをめぐる英国民投票の結果だろう。
この二つの投票の際に、AIなどの技術を駆使し数千万人分のフェイスブック利用者の個人データを使用したとして ケンブリッジ・アナリティカが告発された報道は世間を賑わした。

ビッグデータ収集のため、テックジャイアントと呼ばれるような企業と政府が手を結び、市民の個人情報を取引し、世論を操作する例は少なくない。また偏ったデータを用いたAIシステムが人種やアイデンティティ、地域格差などのバイアスを生むケースも問題になっている。

Anatomy of an AI System | ©️Kate Crawford (US), AI Now Institute and Vladan Joler (RS), SHARE Lab

Microsoftの研究者であり、ニューヨーク大学でAIの社会的影響を研究する機関AI Nowの創立者Kate Crawford教授らによる研究プロジェクト「Anatomy of an AI system」。

このプロジェクトで、クロフォードは、音声認識AI「アレクサ」を搭載したアマゾンエコーを例に、権力と結びつきブラックボックス化されるテクノロジーを徹底解剖した巨大ビジュアルマップを公開。
高さ2メートル、幅5メートルの解剖図には、エコーの製品化に必要なデータの収集・処理プロセスやシステム運用、製造、流通プロセスはもちろん、デジタルネットワークとAIの背後に隠れ、目に見えない各プロセスに関わる人間の労働、エネルギー消費、資源となるリソース抽出のマトリックスが事細かに記載されている.

Anatomy of an AI System | ©️Kate Crawford (US), AI Now Institute and Vladan Joler (RS), SHARE Lab

わたしたち消費者は、こうしたサービスを利用する際、AIの学習やマーケティングのためにデータを提供している。これは言いかえると、消費者が製品化され、特定の利益のために利用される危険性もある。先に述べたようなケンブリッジ・アナリティカのように提供側が間違った方向に個人データを利用することで、世界のシステムが変わった事例も現に起こっている。

Anatomy of an AI System | ©️Kate Crawford (US), AI Now Institute and Vladan Joler (RS), SHARE Lab
Anatomy of an AI System | ©️Kate Crawford (US), AI Now Institute and Vladan Joler (RS), SHARE Lab

また、製造プロセスで必要な部品となる資源の搾取、AIのトレーニングのための電気代などのエネルギーコストなどが引き起こす環境負荷も一目瞭然。
さらには、こうした製品の裏側に生まれる富の蓄積と集中、末端の労働者の過酷な現状までふれている。
例えば、AmazonのCEO、Jeff Bezosが1日で得る報酬を、末端で働く児童労働者が稼ごうとする場合、70万年間、働き続けなければならない。児童労働者の問題に関連し、昨年12月、Apple、Google、Dell、Micro Soft、Teslaも、コンゴ民主共和国のコバルト鉱山での児童労働および児童の負傷と死に関する訴訟の被告として名指しされている。(コバルトは製品に使われるリチウム電池の材料になる)

Anatomy of an AI System | ©️Kate Crawford (US), AI Now Institute and Vladan Joler (RS), SHARE Lab
Anatomy of an AI System

まるで魔法のように便利なサービスに囲まれた生活。
その魔法が生むブラックボックス化する世界の構造とAIデータの関係性について、どれだけの人が自覚しているだろうか?
自分の生活を見渡せば、プロバイダーもユーザーも当然のようにこうしたサービスを生産/利用している(むしろ積極的に受け入れている)。

そして、製品の裏側で引き起こされている環境破壊、経済格差、社会問題の実態には気づくことはない。
テクノロジーを使い、享受する人間のマインドセット、リテラシーの重要性が問われることは間違いないのだが、その一言では片付けることもできない複雑な因果関係が、科学技術の進歩がまねく社会問題には絡んでいるのだ。

このように表層から全貌を解剖したときに顕在化する因果関係は、生活の中に驚くほど潜んでいる。
便利、しあわせ、サスティナブルといったようなポジティブワードによって、刷り込まれていく価値観。
自分の暮らしを囲む事象にメスを入れて、ブラックボックス化されたレイヤーに気づく視点を養うことも必要であろう。

TEXT BY SAKI HIBINO

ベルリン在住のプロジェクト& PRマネージャー、ライター、コーディネーター、デザインリサーチャー。Hasso-Plattner-Institut Design Thinking修了。デザイン・IT業界を経て、LINEにてエクペリエンスデザイナーとして勤務後、2017年に渡独。現在は、企画・ディレクション、プロジェクト&PRマネージメント・執筆・コーディネーターなどとして、アート、デザイン、テクノロジーそしてソーシャルイノベーションなどの領域を横断しながら、国内外の様々なプロジェクトに携わる。愛する分野は、アート・音楽・身体表現などのカルチャー領域。アート&サイエンスを掛け合わせたカルチャープロジェクトや教育、都市デザインプロジェクトに関心あり。プロの手相観としての顔も持つ。

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