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リキシャと物乞いが消えたインドで見たもの

未来観光〜インド編 vol.5-1

インドといえばあなたは何を思い浮かべるだろうか?
僕のインドのイメージの原点をたどると、学生時代に貪るように読んだ沢木耕太郎氏の「深夜特急」にたどり着く。同世代の多くが、自分が生きている狭い世界を越えた世界に当てられて、バックパック一つで安宿に泊まる世界一周の旅に出て行ったように、僕も大学時代に海外に憧れ、多くの国を訪れた。

深夜特急の中でもひときわ印象に残るシーンの一つが、インドの聖地ガンジス川のほとり、バラナシだ。インドは、人生観を変えるために行く場所として知られていた。生と死が近くにあるヒンドゥー教の聖地で、人生を考え直したい。そのように考え、インドに向かう同世代も多かったが、当時の僕にはまだピンときていなかった。トルコや、カンボジアなどの安宿で出会うバックパッカーと話しては、リキシャにぼったくられないように交渉した武勇伝や空港に着いた時にものすごい勢いで寄ってくる物乞いの話を聞かされながら、どこか現実感がなかったのを覚えている。きっと、当時の僕には死を考えるのには早かったのだろう。

では、なぜ沢木耕太郎はインドを訪れたのだろうか。この辺りは、僕は生まれていなかったので完全に知らないが、どうやらいろいろな本を読んで彼の深夜特急の旅のさらに大元を辿ると、1970年代に人気絶頂だったビートルズが、インドのリシュケシュに行き、ヨガの修行をしたことが一つのきっかけになっていそうだ。これは、インドがヒッピーたちの精神世界の聖地になり世界中の若者の憧れになったことに端を発している。

僕がインドを初めて訪れたのは2010年だ。今も戦友であり、当時「世界を変えるデザイン展」というBoP(Bottom of Pyramid、所得が最も低く人口が多い未開拓市場)向けのSocial Goodな概念をデザインすることを世の中に提起していたGranmaの代表本村拓人と一緒に、デリー・ケララ・バンガロールの3都市を5日あまりで回った。

灼熱の6月にデリーに降り立った僕は、45度近いサウナのような環境をまったく意に介さず、リキシャに対して笑顔で交渉し、街で乳飲み子を抱く母親に満面の笑みで声をかける彼の馬力に衝撃を受けた。元々は、「インドの2030年を考える」というレゴを使った未来デザインするワークショップを実施するために訪れたはずだったが、それは事前に計画はされておらず、現地でその場で女子校に潜入し、現地の女子高校生相手にゲリラ的に実施したものだった。(そして、そのワークショップは極めて実りのあるものだった)

当時20代と30代前半の無謀な旅の貴重な写真

その旅は、全く事前に予定を決めず、当日に直アポで有名な起業家やNGOの代表にコネクションを作る、という彼一流の”海外開拓”の現場を師匠と弟子モデルで体感することが出来て、とても有意義な旅だった。だがそれとは別に、インドで学んだことは、インドの起業家や女子高生の会話の中ですら、当然のように話題に上がる「社会に対する責任」の意識だった。ギリギリBRICsという言葉が死語になっていなかった当時、インドにおいてもバンガロールは、Infosisに代表されるIT企業が成長を謳歌し、タタやゴルドレッジ財閥などが成長株として言われていた当時だったが、その中でも会った起業家はバイオマスやスマートグリッドなどの事業で社会貢献と事業性を両立させ、それをアフリカに持っていくことで新たな次世代のインフラを作るというような大きな構想、すなわちビジョンを語ってくれた。当時、シリコンバレーに行き慣れていた僕は、シリコンバレーの軽い感じとはちょっと違う、社会事業家ともいうべき、社会に対する思いを持った起業家が当たり前のように存在することに驚き、いつか、インドは「社会X事業」というこの分野で世界をリードする存在になることを予感していた。

それから9年が経ち、2020年1月に僕はインドを訪れた。今回の旅のパートナーは気鋭の社会起業家小沼大地率いるNPOクロスフィールズだ。ソーシャルセクターとビジネスセクターを、クロスセクターでつなぐというミッションを持ち、NPOという形で事業を始めた彼は、日本企業の社員を海外のNGOで働く機会を作る「留職」などの事業で有名である。その他にも、様々な日本の企業の社員とともにインド、ルワンダなどの社会課題の現場を訪れ、そこからアクションを導き出すというSocial Innovation Missionというプログラムも運営し、昨年度はルワンダを訪れている

僕が至善館という大学院で昨年デザイン思考を教えていたのだが、そのときになんと彼が学生!だったことから再会し、海外のフィールドスタディから未来を作っていくプログラムをアップデートするために、今回のお手伝いをすることになった。企画から、現地のフィールドワークに同行するという趣旨での訪問だった。

最初からテーマも訪問地もゼロから考えられるということで、今回設定したテーマが、「社会意義のある事業をどう作るか?」だ。昨年から、BIOTOPEでは、会社の存在意義(パーパス)を問い直したり、社会価値創造を本気で起こすための事業モデルを考えたいと考える経営者との議論が明らかに増えている。

ビジネス側で大企業の社会における存在意義という視点からミッション・ビジョンをデザインしたり、それに基づいた新規事業づくりやブランディングをしたりするプロジェクトが増えていた。そのタイミングで、ソーシャルセクター側でビジネスにアプローチをしていたクロスフィールズと一緒に何をやりたいか考えた時、今、インドで、社会意義のある事業づくりを考えるべきだと思った。8年前にインスピレーションが湧いたテーマは、ようやく社会のニーズと合ってきたのだ。

久しぶりに訪れるインドで僕は何を考えることになるのだろうか。

星の見えない街デリー

過去にデリーを訪れた時、僕の場合それは必ず夏であり、灼熱のモワッとした空気が僕を迎えてくれた。今回、初めて冬に訪れることになったのだが、初めて降り立った冬のデリー空港には、物乞いもリキシャの声がけもなかった。その代わりにあったのは、霧だ。

インドというと灼熱のイメージがあるが、冬の気温は日本と変わらず10度程度だ。ダウンジャケットを羽織っても寒さが残る上に、冬には世界でも一番濃いスモッグが立ち込めるという。数年前に北京でPM2.0のニュースを見て、これは人が住めない都市だと思ったが、当時の中国以上の酷さになっている。

この写真は朝のホテルからの写真だが、まるで軽井沢にいるような幻想的とも言える景色が目の前に広がる。インド人でマスクをしている人はいないが、N95の防塵マスクを推奨され、実際にマスクなしで歩いていると喉がイガイガする。夜になってもこの霧は消えない。今の時代にデリーで育つ子どもは、星空を知らずに育つのだろうか。ちなみに、CNNの調査によると、大気汚染がひどい都市Top30のうち21がインドの都市がランクインしている。

リキシャと物乞いの変化で感じるインドのいま

昔、インドの代名詞として知られていたリキシャ(Rickshaw)と、物乞いの姿も変わった。以前訪れた時は、嫌という程に寄ってきた物乞いも、ここ数年は街を歩いていて見かける頻度が以前より明らかに減った。そして、ライドシェアサービスのUberやOlaなどのサービスが広がることで、ぼったくりの代名詞だったリキシャは明朗会計(ついでにレシートまでもらえる)になった。

デリーの中は相変わらずの交通渋滞はひどいが、それでもUberやOlaを使えば、比較的ストレスなく移動できる。UberもOlaも、ドライバーは自分でMarti Suzukiのバイクを投資して購入し、自ら個人事業主になって給料を上げていく。そういう希望の持てるビジネスになったリキシャの世界からは、以前のぼったくられるのが当然というモラルハザードが減ってきている。

このリキシャ業界に、今や女性ドライバーが入ってくるビジネスが生まれてきている。今回、SMV Green Solutionsという ラスト1マイルでのモビリティを提供する電動オートリキシャのリースビジネスを行なっている会社を訪れた。この会社は、自らのミッションを通勤者とドライバーの双方に安全であり、信頼できて、安いラスト1マイルのモビリティエコシステムを作ると定めている。

さらに、男性が中心的だったリキシャビジネスを、スマホのGPSとカメラのついた電動リキシャの購入を支援し、運転免許や保険についても取得を支援。1200人の女性のドライバーを雇用し、1億ドルの売り上げを上げている。電動リキシャのマーケットは、日本の海外スタートアップの雄、テラモーターズが参入していることでも知られている。

この会社は、今後3年で経済インパクトとして9万人のリキシャドライバーに1日13ドルの収入を作りながら、温室効果ガスの排出を1日あたり80MT減らすというゴールを掲げながら、ソーシャルビジネスを行なっている会社だ。そのうち20%は、女性のドライバーを目指していくという。実際に、この会社でリキシャを始めたというPriyankaという女性ドライバーにインタビューさせてもらった。

5人子供のママであるPriyanka。凛とした表情が印象的。

「なんでリキシャの仕事をはじめたの?」

「5人の子供がいるんだけど、旦那さんがDVをしていた挙句に家を出ていってしまったの。メイドの仕事をしていたのだけど、なかなか生活が良くならなくて、、、でも、友人がこの仕事を教えてくれて、より稼げるので運転したことはないし、不安だったけどやってみたいと思ったの。」

「最初はどうやって始めたの?」

「過去の貯金から1割頭金を支払い、ローンを組んでリキシャを購入したわ。最初は、慣れなかったけど、一番上の16歳の子供が他の子を見てくれている間に仕事を始めたの。」

「だいたいどんなお客さんがどんな目的で移動するの?」

「朝8時―12時までは、幼稚園や保育園の送りに行く人。午後1時-6時は、通勤の人が多いわ。地域の通勤のコースだから、距離も決まっているので、価格もほぼ定額で決まっているの。」

「仕事はどうだい?」

「仕事を始める時には、近所の人に女が働きに出るなんてと反対もされたけど、始めてみて本当に良かった。自分でしっかりと独立して生きていけるという手応えも感じているし、将来は3つリキシャを買って、ビジネスを大きくしたいと思っているわ。」

以前、ライドシェアサービスのOlaでバイタクのドライバーと話した時にも、同じように複数のバイクを買ってビジネスをしたいという話を聞いたことがある。このモビリティサービスのドライバーはいわば、マイクロ起業家であり、この会社は女性を起業家にして自活できるようにするという「仕事を作る仕事」をしているのだ。

社長であるNaveen Krishnaは、「次の世代により良い社会を残すため」に生きていると彼のPurposeを明確に語っていた。社会事業でもあり、EV事業でもあるこの事業は、究極的な女性ドライバーの人生を変え、新たな循環する社会のための仕事を作っている。

SMV Solutionsの工場にあった電動リキシャ。電動なので静かとはいえど、リキシャはリキシャ。
でも、いわゆるリキシャとは比較にならないほどクオリティが高い。

リキシャといえば、インドの象徴だった。そして、この世界ですら、マイクロ起業家が新たなビジネスを行うスタートアップの舞台に変わっているのだ。これは、インドという国のモデルが少しずつでも根本的に変わり始めている象徴的な出来事だと思う。

3方良しの経営が常識になるIoT時代の兆し

インドといえば、様々な国際機関、金融機関の予測でも2030年には世界第3位のGDPになると予測されている。最近2年こそ、GDP成長率は経済指標的に厳しい数字が並ぶ傾向にあるが、大局的に見るとまだまだ経済規模的には豊かになる余地が多く存在する、数少ない”成長”市場であるのは間違いなさそうだ。

これは一見すると、2000年代に中国で語られていた資本主義の成長の神話が再び場所を変えて繰り返されていくようにも思える。しかし、今回のインドで少し違う物語でありそうだと感じたのが、ソーシャルインパクト投資市場の伸びだ。AVPN社によると、インドは社会インパクト投資のファンドが世界でもナンバー1で伸びており、純粋な金融投資と社会インパクト投資をポートフォリオとして投資を受ける環境が整いつつある

政府の政策で2014年に新会社法の改正によって大企業の純利益の2%以上をCSR支出にすることが義務付けられた。当初は、懐疑的な目線もあった政策だったが、これにより現在、既に5.2Billionドル(6兆円近く)、2025年には6-8Billion ドル(7-9兆円)規模に伸びると予想されている。純粋な金融投資と社会インパクト投資の双方を投資ポートフォリオに組み込む機関投資家が増えてきているのだ。純粋な金融投資はどうしても短期的な企業価値や株主への経済リターンを求めるものだが、その中で長期的に社会に価値のある株主から資金調達をするという割合が増えてくれば、それだけ長期目線の会社や事業が活躍しやすくなる。インドは、政府として政策で後押しをしているのだ。

インドの社会インパクト投資の代表的なプレイヤーの一つであるAavishkaarに投資を受けているAIを活用したロジスティックスのスタートアップのGoBOLTのCOOに話を聞くことができた。インドは、日本でいうと高度経済成長時代のように、まだ交通インフラが整っていない。高速道路を作ってロジスティクスのインフラを整備することで、国全体の物流の流れを作ることが経済成長の視点からも不可欠なフェーズにある国だ。

一方、大動脈である政府主導の高速道路建設はなかなか進まず、成長のボトルネックになっていると言われている。地方は悪路も多く、移動も大変で、トラックドライバーにしわ寄せがいきがちだ。移動の時間もかかるため、輸送の効率も上がらない。

GoBOLTは、インドにおける切実なインフラ問題に対し、AIを使ってトラックドライバーに効率的な経路を提供し、ロジスティクスの効率化を行う事業をしている。それだけ聞くと、いわゆるAIスタートアップのように思える。しかし、彼らの事業構想のプレゼンテーションは、僕らが慣れ親しんでいるものと少しテイストが違った。事業規模の成長を追うだけではなく、社会課題としてのトラックドライバーの生活向上を掲げ、口座開設を支援したり、寝袋を全員に提供したりするなど、ドライバー雇用数の増加(現状500人から3000人のトラック運転手を社員として雇うなど)焦点を当てたソーシャルインパクトの向上をゴールに掲げていた。

資金調達でも、いわゆる通常のベンチャーキャピタルからの資金調達に加え、Aavishkaarのような社会インパクト投資をポートフォリオとしてバランスを取って使い分けながら投資をしている。

今回インドで何社か、ソーシャル視点を持った事業家に話を聞いたが、株主利益と同様に、従業員への仕事を作ることを社会インパクトとして提示している企業が多かった。

世界でも圧倒的に優秀なソフトウェアエンジニアの人材プールを抱えるインドは、テクノロジーによる生産性向上の余地が非常に大きい。その生産性向上によって、生み出した余剰は、しっかりと株主、従業員、ユーザーで分配するという、三方良しを目指す経営のためのガバナンスモデルを採用する傾向にある。全体の中ではまだ一部かもしれないが、日本でいう三方良しのようなバランスをとった経営をしていくという思想は、明確に感じることができる。

テクノロジー企業といっても、実際にはサービス業だ。過度な利益追及は、結果的に労働者の搾取に繋がる。デジタル化は、あらゆる産業のサービス化であり、サービス業の質を上げようとしたら働いている人の環境が良い事業になっていくというのは極めて自然な流れだ。過度な株主プレッシャーを持ちすぎないために、ベンチャーキャピタルと社会インパクトへの投資家の双方に投資をしてもらうのは自然な流れかもしれない。

IoTによってデジタル化の上にあらゆる産業がサービス業化することは、結果的に、過度な負担をあるパーティーにかけすぎないような有機的な成長、成熟のスピードをもたらすだろう。これには、エコシステム全体として見たときに、どうすれば適当なバランスを取れるのか、という視点が経営者には必要になってくるはずだ。成果の定義として経済インパクト、社会インパクトを提示するのは前提としても、組織全体、エコシステム全体の負荷のバランスを定期的に可視化したり、モニタリングしたり、その組み合わせを再定義したりするような場づくりこそ、次の時代のマネジメントの一つの営みとなるかもしれない。

日本でもこの流れは着実に起こりはじめている。身近なところだと僕がエンジェル投資家として参画している「月額住み放題の多拠点居住プラットフォーム」ADDressも、シリーズAの資金調達のタイミングで社会インパクト投資を組みこむ事業が出てきている。CEOの佐別当氏曰く、「起業家視点だと、利益しか考えてないのは違うと思うし、株主、投資家がもはやそういう視点で起業家、会社を選ぶ時代になってきている」という。特に、ディープテックなどの社会課題解決を志すスタートアップの世界からこういう流れは日本にも広がっていくだろう。


vol.5-2へ続く。

KUNITAKE SASO

TEXT BY KUNITAKE SASO

東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。P&Gにて、ファブリーズ、レノアなどのヒット商品のマーケティングを手がけたのち、ジレットのブランドマネージャーを務めた。ヒューマンバリュー社を経て、ソニークリエイティブセンター全社の新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の立ち上げなどに携わったのち、独立。B to C消費財のブランドデザインや、ハイテクR&Dのコンセプトデザインやサービスデザインプロジェクトを得意としている。『直感と論理をつなぐ思考法』『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』 『ひとりの妄想で未来は変わる VISION DRIVEN INNOVATION』著者。大学院大学至善館准教授。

Published inIndiaSocietyTechnologyその他未来観光