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ガンジス川で考えたソーシャルとビジネスの邂逅

未来観光〜インド編 vol.5-2

インドの農村で見た僕らが持つActual Intelligence

インドは、都市部でIT 産業に従事する若者が前の世代をはるかに越えて裕福になっていく3次産業サービス産業主導型の経済発展が進んでいる一方、昔から1・2次産業の生産性は低く、経済発展が雇用づくりという視点でなかなか社会全体にスケールを持って広がらないのが課題である。特に、1次産業の代表である農業生産性は世界でも下から数えた方が早い。都市だけが一気に成長し、地方にはその成長が広がらないのがインドの飛躍を阻む最大の課題であり、その縮図がインドの農村にはある。今回は、クロスフィールズの提携するDRISHTEEというNGOが支援する農村を訪れた。

インドの農村というと、素人としてまず思い浮かぶのがグラミン銀行で有名になったマイクロファイナンスだろう。2008年頃にノーベル賞を受賞したグラミン銀行のムハマド・ユヌス氏の来日講演でいたく感動をした僕は、今まで口座を持たず融資を受けられなかった女性たちに共同で資金を貸すことで金融サービスの浸透率を上げたプロジェクトだと理解をしていた。今でいうとFacebookも使ったFinancial Inclusionという言葉で想像していたものだったが、実際に、農村に行って感じたことを書いてみたい。

今回は、バラナシ郊外の地域コミュニティづくりをしているNGO DRISHTEEの拠点がある農村に泊まった。農村ステイということで楽しみにしていたが、簡易ベッドが3台あって、そこそこ硬いが、思ったより寒くはなく悪くない。

朝5時に鶏の鳴き声で目が覚める。真っ暗闇の中起き出して、冷え切った体を温めるべくホッカイロを貼り散歩をしていると、村でも動いている人たちがいる。その人たちはみな、いわゆるママさんの世代の女性達だった。彼女たちは、一番先に起きて炊き火をしている。あまりに寒かった僕が近づいていくと、笑顔で焚き火に入れ!と招いてくれる。言葉も通じないが、こちらもあまりに寒くて入らざるを得ない状態で満面の笑顔で返す。

しばらくすると、明るくなって起き出したらしい娘や、夫、おじいちゃんなどが 入ってくる。その家の主人の風格のあるおじさんが、指示を出すと、温かくしたチャイを振舞ってくれた。白濁色で生姜が入っている、ピリリと辛いやつだ。僕だけではなく、周りの家族の胃も温まる。ここでは焚き火は、家族の繋がりの象徴であり、真っ暗闇が終わり、女性が暖かい繋がりを作るのだ。

彼女らは、朝食を終えると近くのDRISHTEEのオフィスの外の集会場に集まる。ここでは、昨日とれた野菜が持ち寄られ、仕分け作業が始まった。どうやら、この地域で取れた野菜を仕分け、売れるものとそうでないものに分けながら、産地直送の野菜バッグを販売するところらしい。日本でいうと“らでぃっしゅぼーや”のような有機野菜の直販だろう。有機といっても、この辺りは鶏糞での農業をやっているので、当たり前のように有機なのだ。

実は、DRISHTEEは、このようなママたちをつなげ、産地への直販のWebサイトを作り、実際にバイクで近郊の都市まで届ける新たなバリューチェーンを作っているという。結果として、このおばちゃんたちは、一種の会社のようなものであり、彼らがやっている事業に対してマイクロファイナンスによって融資がされているのだ。彼女たちに話を聞いてみた。

「毎日何が一番楽しいですか?」

「この朝の同僚との作業の時間よ。作業しながらおしゃべりをして、次に何のビジネスをしようかねえ、と話をしていると楽しいの」

実は、マイクロファイナンスやソーシャルビジネスがしっかり回る背景には、このママたちが仲間との場を楽しむことができ、この場で一緒に希望を作っているということが大きいのではないかと感じた。

マイクロファイナンスの事業家に夜と、家計を支えている貧しい女性は貸し倒れをしないという。インドだと、男性だと融資されても何となく使ってしまうから、らしい笑 この構図はロシアとかアフリカでも似た話を聞いたことがあるが、なぜなのだろうか。

マイクロファイナンスで有名な女性グループによる事業の現場を見て思ったのは、愛と共感を原理に動く女性脳的なものが、農村のような人のつながりによって回っていた場における新たな事業づくりのOSとして合っているということだ。だから、マイクロファイナンスは女性への融資を進めるのだ。もし、これが競争原理で動く男性の五人組だと集団に対する融資モデルというのはうまくいかなかったのではないか。

その後、銀行の支店のなかったド田舎で、マイクロファイナンスの銀行の支店を新たに始め、経営している現場を訪れた。この男性は、学校を卒業してすぐに起業をして、マイクロファイナンスの銀行の支店長をやっている。行員は多分彼1人だ。田舎育ちで軍隊に入ろうと思ったが身長制限で入れなかった。そんな時に、SNSで社会事業家への支援制度の存在を知り、応募をしたということだ。大手の銀行の支店という位置付けになり、自分のパソコンに生体認証をつけて、個人認証の管理をしている。色々な農村に行っては、口座開設の仕方を教えながら、この場でパソコンと生体認証のキットを使いつつ、スマホでの決済手段を提供している。

この支店はWifi、パソコン、そして生体認証がATM代わりだ

こんなお兄ちゃんもマイクロ起業家として活用しながら、マイクロファイナンス専業の銀行が地域ごとにたくさん出来ているらしい。北部でマイクロファイナンスの事業をやっているutkarshによると最初は、グループ融資を中心にしたマイクロファイナンスから始まったが、そのメニューは拡大し事業融資、住宅ローンなど普通の銀行のように総合的な金融商品を取り扱うようになっている。ITの活用も今後進めていくということで、スマホによるキャッシュレス決済による金融エコシステムを広げていき、チャットボットを使ったサポート等による細やかな対応をしていきたいというビジョンを持っているようだ。

ただし、そのハードルとなるのが、金融・デジタルへのリテラシーだ。金融機関と並行して財団を設立し、金融やデジタル教育などのアウトリーチの活動も並行して行うことでスマホベースの金融の仕組みを地域隅々まで広げようとしている。今回出会ったママや、支店長のお兄ちゃんのようなマイクロ起業家が、自分の生計を立てる仕組みづくりを銀行やNGOが行なっているのだ。

繋がりを作り直すコミュニティビジネス

これはビジネスなのだろうか?もしビジネスだとしたら普通のビジネスとは何が違うのか?そんなことを考えさせられる中、この地方のエコシステムを作っているNGO DRISHTEEの共同創業者に話を聞くことが出来た。彼女曰く、今後のインドにおいて経済成長の肝となるのは、「現在は経済規模にして15%しかない地方に投資をしていくこと。そして、同時に、自律的に回るコミュニティを作っていくこと」だと言う。

都市にあるものと田舎にあるものの良循環を作りたいというビジョン

彼らはインド第二の都市、商いの街ムンバイをベースにしているが、地方の現場に支部を作り、常に村のコミュニティに入り込みながら、現場でできることを増やしていった。最初は、ITシステムの導入から始まり、そのうち産地直送の野菜や、ミルクを作るコミュニティを作り、販売網を作り、その販売をするWebサイトを作り…常に事業の対象が変わってきているために、何が専門であるのかは一見わかりにくい。

ただ、その思想として明確なのは、「地域の住人が自分たちで稼げるようにする」ことを支援することで、自分たちのことを開発ファシリテーターと呼んでいた。実際に、彼女が村に戻ってくると、村人から声をかけられるし、実際に村で住人に声をかけてもらって、次にこんなことをしたいと話してもらえることが報われる瞬間だといっていた。

何より、彼女自身が、事業のスケールを超え、コミュニティを作ることによって報われるという、自身のパーパスと深く繋がって仕事をしていることがよく実感できた。

愛によって運営されるビジネスとは

最後に、今回訪れた起業家の中でも一番印象的だった出会いを紹介したい。非営利法人のGoonjiという、都市で余った中古の服を地方の農村コミュニティに寄付したり、農村で使える生理用ナプキンをリサイクルで作って提供するNPOの代表のAnshu Guptaだ。彼は、ソーシャルセクターでも有名なシュワブ財団社会起業家賞など複数の賞を受賞している有名な社会起業家だ。

ビジネスというのは、冷徹な利益追及であり、愛とは一見矛盾するように見える。しかし、ソーシャルビジネスというのは、経営者目線でいうと愛の上にビジネスの仕組みを構築しようとするものだ。今回2人の経営者の有り様が印象に残った。会社は、社会貢献のために存在するということを地でやっている経営者の姿がそこにはあった。

彼がやっているのは、都会で余った服やおもちゃなどの中古品を仕分けして、地方に送るというリアルメルカリのような事業だ。その仕分けの現場にも、”尊厳をしっかりと守ろう(Ensuring Dignity)”という標語が書かれている。

彼の事業は、余ったものがある都市から中古品を引き取りながら、仕分けをする仕事自体を作り、それを都市から地方まで連鎖させる、Job creation chainをゼロから作り出している。中古品の流通に限らず、災害の復興や、リサイクルの布による生理用ナプキンを地方で配布して、地方のコミュニティの問題を解決しようとしている。

彼は、「From Discard To Dignity (捨てられたものを人の尊厳に)」という言葉を使った。今までは、捨てられていたもの(Discard)を人としての尊厳に変えるということで、この仕事を作ることによって、仕事を作り、それが結果的には一人一人の生きている尊厳を作る。そんな志がある。


お金というのは人を動かす。しかし、仕事をしたり感謝される行為は、それによって自分の認知を変える。仕事をすることによって尊厳をうむ。そういう価値の再生産モデルが彼のNPOの事業モデルだ。

彼にちょっと意地悪な質問をしてみた。

「インドには、ソフトウェアエンジニアがいるしこれからAIも社会インフラになっていく。あなたの事業はテクノロジーを使ってどうスケールできるのか?」

「とってもいい質問だね。僕は、AI(Artificial Intellingence)を使う前に、僕らの社会には使われていないAI(Actual Intelligence)がいっぱいあると思っている。それを使い切ってからAIのことは考えるべきだと思う。でも、例えばセンサーとか、地域の防災のために使えるテクノロジーもあると思うので、そういうものを使う使い方は考えたいけどね。」

人工知能(Artificial Intelligence)を考える前に、僕らの社会にすでに存在するAI(Actual Intelligence)を考えようよ。という言葉は、僕にズシンと響いた。彼は、僕らが社会に存在しなかったことにしているものを見つけて、その価値を発揮させる仕事をしているのだ。

彼はGoonjiを、「課題発見も、解決策のデザインもしない。それをコミュニティの人が発見し、解決していくのを支援する」と、定義していた。僕は、彼が明らかにデザインしていると思ったので、あえて何をデザインしているのかを尋ねた。

「言語化したことなかったが、プロセスをデザインしているのだろう。良い質問だね、来週うちのスタッフに会議で問いかけてみるよ、と。」 僕は、事業への参画を通じて、人の価値観をリフレームするプロセスをデザインしているのだと思った

彼は、社会的事業を通じて一番大事にしているのは、人々の無意識の常識を変える、という価値観の変化のデザインをしているのだと思った。この領域にアプローチできるメディアはアートかストーリー。社会起業家はストーリーの力を活用しているのだ。

そのために、言葉を再定義する。 彼は服というのは、人々が自分のアイデンティティを決めるもので、中古の服を提供することは、服を捨てる(discard)ものから、服を尊厳を持たせるもの(dignity)へ変えるものへと、捉え直している。これこそ、凄みのある言葉のデザインだと思った。

変わらないインド

旅の最後に、バラナシのガンジス川を訪れた。朝のガンジス川の前では、祭壇でお祈りがされており、沐浴をしている人がいたり、火葬場では火葬されていたりする。僕がまさに持っていた、身近に死を感じる国、インドの姿がそこにはある。

岸の向こう側は不浄の地とされており、何も建物がないあたかもあの世のように見える。ヒンドゥー教では、生きている間の行いによって、魂は極楽に行ける。逆に、行いが悪いと輪廻転生して、また別の生き物に戻ってきてしまう。バラナシから見た向こう岸は、あの世が確かにある、ということを感じてしまうくらい神秘的で、そしてちょっと怖い。

この生と死の間にいて、常にそれを感じて生きられるからこそ、現世をよく生きようと思う。インド人には思想を持った起業家が多いというのは、彼ら、彼女らが死を感じ、大いなるものの存在を持っているからこそなのかもしれない。

日本に失われてしまった人と人の間にある愛をつなぎ直すためのビジネス

インパクトには二種類ある。広さと深さだ。通常のビジネスは、規模の経済を働かすことで、社会に広く新たなモノやサービスを届けることをする。しかし、今の日本においては、経済性によって個人化が進んだ結果、社会における人と人の繋がりが失われている。結果として、経済的に豊かになった一方で、社会が失われている。従業員の仕事を作ったり、村の新しい仕事を作ったりすることはやりがいであり、その仕組みを作るために、エコシステムを作る媒介となっていく。これは、僕がBIOTOPEでやりたいことそのものだ。このような、資本主義によって分断された個を繋ぎ直すソーシャルとビジネスの交差点で見えた考え方は、以下のような点だった。

1.何によってドライブされるか?
利他によって自分が満たされる幸せで駆動される (vs. 金銭リターンの最大化による物質的利益の追求で駆動される)

2.どのようにビジネスモデルを作るか?
Trustの基盤を作り、人と人の関係をつなぎ直す新たなTrust chain (vs. 金銭価値の交換によるモノの流れを作るValue chain)

3.どのように成果を測るか?
プロセスに巻き込まれた人のやりがいの最大化 (vs. アウトプットとしての生産物の価値の最大化)

4.どのようなルールで場を運営するか?
場を作り創造を支援する生態系作りにより全体の繁栄 (vs. 資本家が最終的に全ての利益を得るWinner takes all)

5.どのように未来に投資をするか?
中長期的な持続可能性に対してリターンを期待する社会インパクト投資 (vs. 短期的なリターンの最大化に対する金融投資)

インドの社会意識の高い起業家から僕が学んだのは、経済規模の広さや大きさではなく、人の心という深さを扱うという決意なのではないかと思った。そして、その深さのある事業は、農業のように土作りをするまでには時間がかかる。しかし、一度できた生態系は、簡単には壊れない。そういう長期的なものに投資をするということだ。

そういう視点で捉えると、彼らのやっていることの先進性が見えてくる。日本のような成熟国においては、ほとんどの人は金銭的に彼らより豊かだ。一方で、人は貧しくても絆と希望があれば生きていける。むしろ、日本になくなってしまったのは希望であり、心の貧困の課題は、気づいてみたらあちらこちらにある。心を扱うSLOW BUSINESSが、Top of pyramidと言われている成熟国にはむしろ必要だ。

そして、短期的な利益を最大化させるビジネスの論理の中にも、着実に長期的な社会の持続性を最大化させる必要性が出てきている。その際には、上記のようなソーシャルの論理を事業の性質に合わせてうまくブレンドしていくことはこれからの企業が存在意義を社会に示し続けるためには不可欠なアクションだと思う。そんな先進事例がインドにはたくさんある。
インドは経済成長によって幸せが増えていく。しかし、それは、これまでにない新たなモデルだ。DRISHTEEの共同創業者が言った言葉が忘れられない。

「先進国が辿ったのとは異なる経済成長モデルがきっと存在するはずだ」と。
そんな思想が生まれる可能性が十分にあるのがインドだし、リキシャと物乞いという僕らが考えるインドらしさがなくなった国の向かう方向なのかもしれない。

KUNITAKE SASO

TEXT BY KUNITAKE SASO

東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。P&Gにて、ファブリーズ、レノアなどのヒット商品のマーケティングを手がけたのち、ジレットのブランドマネージャーを務めた。ヒューマンバリュー社を経て、ソニークリエイティブセンター全社の新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の立ち上げなどに携わったのち、独立。B to C消費財のブランドデザインや、ハイテクR&Dのコンセプトデザインやサービスデザインプロジェクトを得意としている。『直感と論理をつなぐ思考法』『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』 『ひとりの妄想で未来は変わる VISION DRIVEN INNOVATION』著者。大学院大学至善館准教授。

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