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コロナショックとその先を捉えるための経済学的レンズとは?

BIOTOPE TIDE Talk #2 
「新常態の経済学を考える」(前編)

2020年、新型コロナウイルス感染症の脅威が世界中を席巻し、全世界が甚大なダメージを受けた。その影響は死者・重傷者の発生に留まらず、失業者の増加や経済市場の停滞、温室効果ガス排出の減退など、様々な形で我々の社会全体へと及んでいる。これを受けて、目先の感染防止対策に加えて、コロナ収束後を見据えて新たな社会のビジョンを描く動きが、欧州諸国を中心に始まっている。人間社会はコロナショックをどのように捉え、どこへ進んでいくべきなのであろうか。

そのヒントを探るため、BIOTOPE TIDEでは「新常態の経済学を考える」と題し、BIOTOPE代表の佐宗と大阪大学准教授で経済学者の安田洋祐氏による対談イベントをオンラインで開催した。経済学の視点を中心に進んだ本イベントでの議論の様子を、前編・後編の2回に分けてご紹介する。前編の今回は、コロナショックとアフターコロナの世界を捉える視点についての話題を取り上げる。

コロナ禍を理解するための「水」のアナロジー

対談は、「コロナ禍をどう捉えているか」という佐宗による問いかけから始まった。安田氏は、コロナショックは社会の既存の問題点が改めて浮き彫りになるきっかけになったと感じたという。

その一つに社会格差の問題がある。エッセンシャルワーカーと呼ばれる接触型のサービスを生業とする人々は、所得は高くないものの社会の成立には欠かせない存在であり、従来は社会のセーフティネットとして存在してきた。しかし、新型コロナウイルスの流行においてその労働環境は感染リスクが最も高いために担い手が不足した。結果的に失業者や低所得階層の人々がリスクを背負いながらその役割を担い、所得の高い人々の感染リスクを肩代わりさせられる構造が発生した。

こうした非常事態を捉えるために、「水」のアナロジーが参考になるという。

一般的に高台は低地に比べ地価が高いが、その理由は水害時のリスクにある。水は高所から低所へと流れるため、水害時の安全性は高所の方がより高いのだ。こうして、高台には社会階層の高い人々が、低地には低い人々が集まるようになる。日常生活ではこの差は顕在化しないが、アニメ映画「日本沈没2020」に描かれたような洪水が発生した場合、社会階層の差が被災リスクの差となって顕在化する。このコロナショックも、水害のように格差を顕在化させる出来事であった。

「水」のアナロジーは非常時の人々の行動原理を考えるのにも便利だ。人々を水分子のように高所から低所に流れるものだと仮定すれば、個人の損得勘定で低所を目指す動きが積み重なると、水溜りのような安定したポイントが形成され、社会は大小様々な水溜りの集合と捉えることができる。それぞれの水たまりは普段は安定しているが、大きなショックが起きると、その安定が崩れて水溜りができやすい場所へ変わる。

初期の水溜り(=均衡状態)を形成していた個人の損得勘定(利益最大化のための戦略)がショックによって変化することで、新たな水溜り(=均衡状態)が形成されるのである。コロナショックによる働き方の変化にこれを擬えれば、ワークスタイルの最適解がコロナショックによってオフィス勤務からリモートワークへと変化し、何十年も続いてきた日本のサラリーマン的慣習が一気に変化したことが説明できる。

コロナショックへの経済的処方箋

続いて話題はコロナショックに対応する経済政策へ。

景気の悪化が世界的に拡大する中、アメリカでは雇用の調整弁としてのレイオフによる失業率が一時は14%前後に達するなど、人々の暮らしへの影響も甚大だ。今回の状況との類似性が指摘される世界恐慌時は、ニューディール政策などの施策の基盤となったケインズ学派の理論が存在せず、復興に長い時間を要したとされるが、今回は国民への現金給付やコロナ債権の発行など、各国政府が迅速な対応を見せている。新型コロナの影響が長期化することが想定される中で、今後はどのような施策が有効だと見込まれるのだろうか。

安田氏は、一時的な経済危機を乗り越えるための処方箋として、大恐慌やリーマンショックなど過去の危機を踏まえた対応が行われていると見る。不況期には消費者個人の判断として不要不急の支出を抑えるのが合理的だが、皆がその選択を行えば消費が冷え込み不況が加速してしまう、いわゆる倹約のパラドクスに陥ってしまう。個人だけでなく企業も同様の判断を下した結果、アメリカでは大規模なレイオフが敢行され、日本でも広告費の削減が進み、街頭の巨大看板に空白が目立つ事態が起きている。この不況加速を食い止めるため、将来不安を緩和するための措置が求められる点は過去の経済危機と同様だ。

具体的な対応措置として佐宗氏が指摘したのは、間接的な雇用創出だ。過去の不況時にはニューディール政策の中で政府が公共事業を興し、直接的に雇用を作り出す動きがあった。対して現在は、欧州のグリーンニューディールの潮流を背景に、再生可能エネルギーへの移行を政府が支援し、個人が必要なエネルギーを消費するだけではなく、生産できるようにするビジョンも生まれつつある。この中で、個人がエネルギーの生産を担う新たな仕事を生み出そうという動きもあるなど、もはや直接の雇用創出だけが政府の仕事ではない。

安田氏も、合理的な政策だと興味を示す。政府が直接作り出せる仕事は内容に限りがあるため、直接の雇用創出は各民間企業に任せ、それを後押しする経済支援を行うという方向性もマクロ経済政策として考えられるという。グリーンニューディールはその中で、社会変革や投資促進の方向性を政府が公共的に打ち出し、ビジョンの形成から間接的に事業や雇用の創出を促進する点で新しい。

このグリーンニューディールに限らず、需要創出のためには、そもそもどんな需要を作るべきかというビジョンも同時に必要になる。安田氏は「ビジョンが伴わないと需要が生まれにくくなっている」と指摘した。日本でも数十年前には、所得倍増計画のように「国民皆で豊かになろう」という時代があったが、それは労働や消費によって個々人も豊かになり社会全体にも貢献できるというビジョンに裏打ちされていた。しかし、現在では平均的な生活水準は世界的にみれば高く、必要最低限の生活必需品は問題なく手にしている人々も多い。そうした中では豊かさに変わり、社会や他人、将来世代のために何かをしたいという利他性が、人々を動かす動機として立ち上がってきている。サステナビリティや環境への配慮などはまさしくこれを反映したビジョンであるし、「コロナで困っている地元の飲食店に貢献するため、出前を注文しよう」という人が多かったこともその表れである。

アフターコロナを捉える補助線としての「ドーナツモデル」と「社会的共通資本」

コロナショックで格差の問題が浮き彫りになったことを受けて、資源を不足する場所に適切に供給することである。つまり資源配分の問題は、当面の対応のみならず長期的にも重要な課題となるはずだ。今後の社会資源配分を考えるために有用な視点として、安田氏は2つのアイデアを導入した。

まずは、ドーナツ経済モデルである。イギリスの経済学者ケイト・ラワース氏が提唱するこのモデルは、持続可能な経済を考えるための重要な理論モデルとされる。環境にダメージを与えない限度の外側の円、最低限の文化的な生活の限度の内側の円という二重の円を想定し、その間に収まる範囲で人間の経済活動を行うべきだと考えるこのモデルは、継続的な経済成長や半永久的な資源の利用を前提としていた20世紀までの経済モデルに対し、人間・自然共に持続可能な状態を理想とするビジョンに基づいたものだ。

円は水・食糧・健康・教育などの分野に切り分けられており、このモデルを通じて社会を捉えることで、資源利用が過剰な領域と不足している領域が可視化される。それにより、過剰部分の資源を不足部分へと移し替えて適切な資源配分を目指すための便利なツールとなる。

ドーナツ経済モデルの概念図。
Ecological CeilingとSocial Foundationと書かれた濃緑の縁が
それぞれ外側・内側の円をしめす。

このモデルを少し解釈し直すと、外側のライン=経済活動の上限を外側に、内側のライン=生活の土台の下限を内側に、それぞれ押し広げることで人間の持続可能な経済活動の範囲を拡大できると考えられる。その方法を考える際に参考になるのが、経済学者宇沢弘文先生による「社会的共通資本」のアイデアである。この概念は、自然環境(大気、河川など)・社会的インフラ(道路、上下水道など)・制度資本(教育・医療・金融など、社会を支える制度)の3種類を社会の共通の資産とするものだが、安田氏によればこのうち社会的インフラはドーナツモデルの外側、制度資本は内側のラインと関係しているという。

社会的インフラは社会における効率的な資源配分を可能にするものであり、有効に機能することで経済活動の資源効率を高めることができる。つまり、同量の資源で可能になる経済活動の規模が大きくなるということだ。また制度資本は最低限の文化的生活を保証する社会の土台を構成するものであり、これが充実することで、一定水準の環境を手に入れるために必要なコストは小さくなる(例えば、国民皆保険制度によって全員が小さな負担で医療サービスを受けられるようになることなど)。同量の資源で、より多くの人々の生活保障が可能になるということだ。

コロナショックを経て、環境保護や持続可能性への関心は世界中でますます高まっている。社会的共通資本に着目してドーナツの領域を拡大させるという認識モデルは、社会が向かうべき方向性を明快に指し示し、政策決定者や研究者など様々な立場の主体のコンセンサスを形成するために有効だと言える。

次回の後編では、前編の話題を前提に、資源の有効な配分のために有効な「コモンズ論」や、安田氏の注目する新たなパラダイムについての内容をご紹介する。

KUNITAKE SASO

TEXT BY KUNITAKE SASO

東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。P&Gにて、ファブリーズ、レノアなどのヒット商品のマーケティングを手がけたのち、ジレットのブランドマネージャーを務めた。ヒューマンバリュー社を経て、ソニークリエイティブセンター全社の新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の立ち上げなどに携わったのち、独立。B to C消費財のブランドデザインや、ハイテクR&Dのコンセプトデザインやサービスデザインプロジェクトを得意としている。『直感と論理をつなぐ思考法』『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』 『ひとりの妄想で未来は変わる VISION DRIVEN INNOVATION』著者。大学院大学至善館准教授。

TEXT BY YUHO SASAMORI

BIOTOPEインターン。修士課程で学ぶ大学経営・政策に加え、国際開発課題、科学技術の社会実装に関心をもち、BIOTOPEでは国際的な社会トレンドのリサーチを行う。

Published inAfter CoronaBIOTOPE TIDE TalkScienceSocietyその他