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[ハイテク都市貴陽 vol.1-2]
中国と欧州のデータ社会の比較

中国貴州省貴陽は、2000年初頭までひとりあたりのGDPが最も低い「最貧都市」に分類されていた。しかし、2010年ごろから中国政府による「デジタル・バレー戦略」が始まり、ビッグデータを活用して地域の最大の課題である貧困を改善するミッションを掲げて、晴れて中国屈指の経済成長地域に発展した。

貴陽国家高新区ハイテク産業パーク

日本でもDXを企業の主要戦略に掲げる企業が増えており、自民党総裁選でもデジタル庁の創設が検討されていることや省庁のDXが争点になっていることなど、空前の「DXブーム」が起こっている。しかし、データ・エコシステムが実現する未来の社会像に言及する論考の数は少なく、目先の方法論に関する内容が目立ってしまっている印象である。本記事では、欧州や中国のようなデジタル先進地域のデータ・エコシステムの全体像を複数の事例から比較し、これからのデータ社会づくりのあり方について考察する。

データ・エコシステムの欧州/中国 比較

筆者は、欧州でGDPRが採択されてから施行される2017年・2018年にドイツベルリンに4ヶ月滞在し、現地のIT企業や個人事業主、ミレニアル世代へのインタビューを実施した。中国貴州省貴陽には、2019年に3回訪問し、第5回「BigData-Expo」への参加とともに企業や生活者のインタビューを実施した。

そもそも欧州や中国では米国型のデジタル・エコシステムに代表されるGAFAのアンチテーゼとして、オルタナティブなモデルを模索している。今回のコロナ感染拡大対策としても、中国では、位置情報と診察データの監視を強めながら、日常生活に深く根をおろす対策サービスが実装されており、欧州ではプライバシーの保護を優先事項に掲げながら国家が個人の監視に転用しない仕組みの実装がされている。プライバシー保護の観点で議論が沸き起こっているが、本記事ではデータ・エコシステムの全体像を俯瞰して考察しようと思う。

持続可能な社会の実現を目指した市民主権型データ社会「EUモデル」

まずは、欧州(EU)モデルから考察する。EUや各国政府によって、GDPR(一般データ保護規則)が欧州内に存在する個人情報を保有する全ての企業を対象に遵守義務が課せられている。ベルリンでITベンチャー企業を経営する友人に話を聞いたところ、個人情報の開示請求に対応しなければいけなかったことや厳格な個人情報保守に関するポリシーの改定や同意の取得に関して、10人ほどの会社であったが3ヶ月ほど通常業務ができないほど対応に追われたそうである。

GDPRが施行されてから2年以上が経過した現在、欧州では新たな動きが生まれている。GDPRで個人情報の利用に関するルールや企業の姿勢が市民に浸透してきたことで、GDPRより2年ほど前から施行されているPSD2(決済サービス指令)と相乗効果がもたらされている。

例えば、欧州全域のミレニアル世代に人気が出ている後払い決済アプリ「Klarna」は、PSD2の施行によって金融ベンチャー企業でもオープンAPIを介して金融機関のシステムへ柔軟にアクセスできるようになったことで生活者のお金の利便性を高めるサービスが実現した。「Klarna」の興味深い点は、「Financial Well-Being Lifestyle」を掲げていることである。お金の後払いサービスは日本にも存在するが、それらのサービスと異なる点は、誰もがお金の不安から解消されるために、決済データを活用したマネー・プランニングやクーリング・オフがアプリからできること、そして何より、金融データを解析して与信審査が通りやすいことが、ユーザー体験として実装している。欧州の金融データと紐付いているため郵便番号とメールアドレスの入力だけでサービスが利用できることも興味深い。誰もがお金のあらゆる不安を感じることなく生活できる社会を目指してサービス実装している点が、Well-Beingなお金のデータ活用において新たな取り組みである。

生活者にとって持続可能な社会/暮らしを実現する市民中心のデータ・エコシステム(欧州モデル)

GDPRの施行によって、生活者にとって自分のデータがどう活用されるのか?が関心事項になった今、生活者の利便性を高めるだけではなく、それらが中長期的にどんなライフスタイルを実現して、どこに社会性があるか、ということもサービスの利用判断基準になりつつある。「Klarna」も、単なる後払い決済サービスであるだけではなく、「Finacial Well-Being」を掲げ、生活者とお金の理想の未来を提示し続けていることがミレニアル世代から高い信頼を獲得している要因であるだろう。

成熟国が集まるEUでは、GDPRの施行によって生活者の個人データの使い方への関心が高まっているため、短期的な利潤(登録キャンペーン等)だけではなく、社会性や利便性を伝えることで理解を得ているのだろう。成熟国の持続可能な社会を実現させるために、データを利活用することで変化させる生活者にとっての「ビジョン」を提示することがEUモデルであるだろう。

貧困を改善して、経済水準の底上げを目指した社会主義型データ社会「中国モデル」

次に、中国モデルを貴陽国家高新区(国家認定特別区)の事例を取り上げながら考察する。中国では、国家ビジョンを国が定め、法律等のルールはあえて解釈の余地を残すことで、それらを地方行政が解釈している。こうすることで、地域ごとに個別の課題に対して、スローガンや地域政策ビジョンを策定することができて、国全体として経済の底上げを実現させることができる。

貴陽は前述の通り2000年初頭まで最貧都市に位置付けられていたが、近年の中国屈指の経済成長都市にのし上がるまで幾多の困難が存在した。まずひとつに、17以上の少数民族(苗族,トン族,水族,布依族)が存在し、民族ごとに暮らし方や思想も異なる中で、人民の統率が前提で行われる経済政策の導入が困難であった民族的課題。もうひとつに、山間部に位置しており、高速道路や鉄道網が開通していなかった地理的課題。など、ソフト・ハードともに課題が存在していた。これらの理由から、中国の主要都市が経済成長するタイミングで、貴陽は遅れを取っていた。

しかし、周辺地域で経済成長が起こることで、貴陽の物価も上昇し、実質的な貧困度が増す中で、貴陽政府が推進する「デジタル・バレー戦略」への市民の理解も高まっていった。貴陽の隣町出身のIT企業で働く女性の話によると、2000年代前半までは貴陽政府の政策に理解ができずに、これまでの低賃金農業を続けるつもりだった(貴陽政府の革新的な戦略にも納得していなかった)が、小さな田舎街の知り合いが転職し、夏休みの期間に東南アジアに旅行へ行った話を聞いてから豊かな生活への憧れが生まれた。今では農業より稼ぎのある職に就き、年に1度の海外旅行や孫よりも最新型のスマートフォンを持っている。そして、生活が豊かになったことで貴陽政府に感謝と信頼をしている。と、最初からトップダウンで戦略を推進していたのではなく、実際に自分の稼ぎが増えて、旅行や買い物など、現代的な娯楽体験が増え、豊かさを実感しているからこそ、地方政府への信頼も集まり、より革新的なデータ活用政策が推進できている。

2010年ごろから開通している貴陽高速道路
山間地に入り組んだ特殊な構造になっている

貴陽政府による貧困改善への取り組みをいくつか紹介する。貴陽発の物流版Uberと呼ばれるユニコーン企業「貴陽貨車幇科技」(時価評価額:7000億円以上)や遠隔医療サービスの上場企業などが生まれ、経済成長を実現させた貴陽であるが、貴陽の周辺地域に住む農家や旧市街地エリア(市場)で働く市民の経済水準は中国の有力都市(上海・深圳等)に比べると低いままである。貴陽政府は、「貧困改善」のミッションを街中で掲げ、IT企業と連携をしながらデータを活用し、貧困状況のリアルタイムなデータの可視化や農業の効率化・サプライチェーン変革を独自に行なっている。

貴陽空港に掲げられた政府スローガン
「小康社会(儒教に由来する専門用語:中産階級からなる社会)の建設に向けて
全面的に努力し、必ず脱・貧困という戦に勝つ」

ビッグデータを解析して、真の貧困者を特定・支援する「貧困改善プログラム」

中国の社会問題のひとつに、生活保護や国からの支援金を不正受給する問題がある。一部の行政では、不正が横行することから貧困政策の予算の削減措置などを取っており、本当に困窮する市民を生活を支援できる仕組みが必要であった。

貴陽政府が実証実験している「貧困改善プログラム」では、貧困者が多く住む農村部エリアを中心に、住民の不動産情報(家電の数やスマホの機種まで)、医療資料、人間関係、購買履歴などのあらゆるデータを行政担当者が家庭訪問や企業の購買データから個人に紐付けて抽出する。これまでは、地域の行政スタッフが家庭訪問をして、目視で生活水準を記録していたが、それらを購買履歴等からビジュアライズすることで教育投資レベルや生活水準を把握することができるようになったという。

市民は個人情報や生活水準をあらゆるデータで把握されることに抵抗感はないのか。貴陽政府の担当者と市民の両方に話を聞いたところ、政府担当者曰く「むしろ、本当に困窮している家庭にこれまで以上の具体支援が可能になった。」と、市民曰く「地域の生活水準が上がり、特に祖父母世帯まで豊かな暮らしになっているため、ある程度のデータ提供は納得できる」と。個人の家庭内データまで政府に収集される点で、筆相当な抵抗感と過度なデータ収集なのではないかと疑念を抱いたが、市民の話を聞く限りでは貴陽周辺地域では未だに生活に困窮している農家が存在することを教えられ、貧困改善のために政府によるデータ収集活動に理解している市民が多くいることも納得させられる。

貴陽政府による「貧困改善プログラム」
https://view.inews.qq.com/a/20200825A0S7YE00

貴州政府による農家の貧困をなくすための「地方創生ECプラットフォーム」

前述の通り、貴州省は交通インフラが未発達な地域が多く、農家の物流インフラが構築されてこなかったため、農作物の販売ルートが存在しない課題がある。また、貴州省の農家がそれぞれ各自の判断で農作物を育てているため、自然環境の変化や需要に対応できていないことも農家が貧困から脱出できない原因である。

貴州省政府による「地方創生プログラム」では、農業生産のエキスパートによる監督指示に従った農家を対象に貴州政府指定ECプラットフォームで農作物を販売する権利が得られるプログラムである。貴州省政府が、流通データなどから需給予測を行い、12の農作物銘柄に絞ることで大規模化・効率化を目指した政策である。ECプラットフォームでは、その土地の特性や味の特徴を捉えたゆるキャラ的なデザインを施し、ブランディングから流通までの導入費を無償で支援している。

また、行政担当者の話によると、ベンチャー企業と連携し、肥料のコンサルティングサポートも行なっており、肥料の導入費用は貧困農家を対象に無償にすることで、生産量の増加量に応じた販売益の一部を売上にしている。

最もテクノロジーの導入が遅れている高齢化が進む地域では、保守的な高齢農家を説得することに苦戦したらしいが、実際に売上が増えて、貧困から脱出した周辺農家のモデルケースがあれば、農作物の変更などにも応えてくれるようになったそうである。

貴州政府による「地方創生ECプラットフォーム」
http://www.xinhuanet.com/gongyi/2018-12/04/c_1210008665.htm

世界初、中国政府主導「ビッグデータ取引所」

「貴陽市ビッグデータ取引所」は、2014年12月31日に、中国政府・貴州省・貴陽市の支援を受けて設立された。保険会社や通信事業会社、家電製造会社(大康生命保険、チャイナユニコム、ハイアールグループ)などの企業がビッグデータを販売し、2019年段階で4000以上のビッグデータ商品が取引所で販売されている。個人の売買や個人を特定する情報の販売は禁止されているが、企業が分析したデータの結果を企業間で売買することができる。近年では、学術コミュニティとも連携を行い、参学連携のスピードを速めている効果もあるという。

ビッグデータ取引所では、中立的な立場からデータの価値を定め、データを商品としてリストアップすることで、企業のデータへのアクセシビリティを高め、企業間のデータ交換量を高めるために設置された。

開設当初は、教育水準や人口動態、生活様式を把握して、貧困を改善する社会貢献を目的として開設されたが、近年の動向では、一帯一路政策の一環として、(ベルト・アンド・ロードに沿って)国外数カ所の開設を行うことで、産業間のみでビッグデータを製品として取引し、中国企業の国外進出を支援する目的として注目されている。

賛否は別として、ビッグデータを活用して特定の市民層に対して具体的な政策を実行し、農家などの保守層から信頼を獲得したように、中国企業が他国のデータ権益を獲得することで海外進出の優位性・スピードを高め、産業レベルでの戦略的な進出を目指していることが事実である。

貴陽ビッグデータ取引所
https://baijiahao.baidu.com/s?id=1629122641913829693&wfr=spider&for=pc

生活者にとって貧困を改善して社会を発展させるための国家/行政によるデータ・エコシステム(貴陽モデル)

地方の公共インフラを整備する中で、新たなサプライチェーンや個人や公共データを活用したリアルタイム可視化を進めている中国貴陽では、市民の生活水準を上げて、貧困を改善することが目的である。そのため、市民の貧困状況の把握や農家のビジネスモデルを変革するサプライチェーンの構築などを行うために、市民のデータを活用して金銭的なフィードバック(所得の向上)を行うことで、市民からデータ利活用の理解を得ていた。

また、生活水準が高い市民にインタビューをした際にも、街中で「貧困改善」のスローガンを掲げていることから、自分たちの生活データを活用して格差を是正していることに理解しており、社会全体の水準が向上するのであれば自分のデータを企業や行政が活用することに理解を示していた。ただし、データを濫用して個人の自由を制限する行為、貴陽市と携帯会社が共同で研究している授業中の惰性行為を画像認識してフィードバックする研究に対してはインタビューした市民や学生たちからも反対の声の方が多かった。今後、生活水準が向上する中でデータ・エコシステムの方針を変えて、市民からデータ提供をしてもらう際の理解を得る必要があるだろう。

データ・エコシステム(HOW)とは、創る未来の社会(WHAT)に企業・政府が 市民からデータ(通貨)を交換してもらうこと

本編では、欧州と中国貴陽のデータ活用をする際の市民と企業/政府の関係性を考察した。データ・エコシステムを考察する際には、ディストピアな未来として語られる監視社会やデータの濫用にはもちろん注視しなければいけないが、それと同じようにデータを活用して創造する社会に対して市民がどこまで理解を示しているのかも捉える必要があると思う。

持続可能な社会モデルを模索する成熟地域と貧困を改善して生活水準を向上させたい発展途上地域では、市民が求めるデータ・エコシステムへの関心事項が全く異なることがわかった。しかし、両者に共通していることは企業や政府のデータ社会を推進する活動において、市民にデータを利活用して市民参画型のデータ・エコシステム(HOW)が創る未来の社会像(WHAT)を伝えていることである。データが貨幣ほど価値がある時代だからこそ、提供する事業・サービスの価値に理解してもらえるコミュニケーションを積極的に行うことは必要であるだろう。

これは、日本でDXの一環で新規事業を考える際にも同じことが言える。対象となるセグメント層の共通課題とデータ活用戦略で変革するビジョン・ミッションを捉えて、市民に理解してもらうコミュニケーションが大切である。例えば、サービスのプライバシー・ポリシーにおいても、データ利活用の方針のみならず、データを活用することで市民にフィードバックする未来像(ビジョン)や解決する共通課題(ミッション)を掲げて理解を得る積極的なアプローチも可能であるだろう。市民のどんなテーマ領域で持続可能な社会を創るためのデータ・エコシステムが必要なのかこれからも考えていきたい。

TEXT BY RUIKI KANEYASU

株式会社BIOTOPEにて事業開発、ビジョン開発、グローバルトレンドリサーチ、データ解析を担当している。エスノグラフィを用いた生活者リサーチと定量データ解析を元に、大手製造メーカー、都市開発企業などでビジョン/事業創造や事業機会探索、マーケティング戦略策定支援を行なっている。エスノグラフィリサーチと定量リサーチを組み合わせたインサイトの導出やトレンド予測から事業を構想することを得意とする。数々の独自フレームを企業特性に合わせて策定しており、論理的で多角的な戦略策定を行っている。

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