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ポストコロナ社会に求められる新パラダイムとは?

BIOTOPE TIDE Talk #2
  「新常態の経済学を考える」(後編)

2020年、新型コロナウイルス感染症の脅威が世界中を席巻し、全世界が甚大なダメージを受けた。その影響は死者・重傷者の発生に留まらず、失業者の増加や経済市場の停滞、温室効果ガス排出の減退など、様々な形で我々の社会全体へと及んでいる。これを受けて、目先の感染防止対策に加えて、コロナ収束後を見据えて新たな社会のビジョンを描く動きが、欧州諸国を中心に始まっている。人間社会はコロナショックをどのように捉え、どこへ進んでいくべきなのであろうか。

そのヒントを探るため、BIOTOPE TIDEでは「新常態の経済学を考える」と題し、BIOTOPE代表の佐宗氏と大阪大学准教授で経済学者の安田洋祐氏による対談イベントをオンラインで開催した。経済学の視点を中心に進んだ本イベントでの議論の様子を、前編・後編の2回に分けてご紹介する。後編となる今回は、資源配分のためのコモンズ論、資金の流れにまつわるパラダイムシフト、日本の社会や企業に必要な工夫などに及んだディスカッションの後半の様子をお届けする。

資源配分にコミュニティやプラットフォームが果たす機能

話題は、資源配分のより具体的な方法へと移っていった。資源のうち、経済所得に注目すれば、アメリカを中心にフィランソロピーに基づく寄付が広まっている。これは人類全体のWell-Beingのために個人が社会へ奉仕するという考え方で、ゲイツ財団による大規模な寄付活動などが日本でも報道されている。このように、政府以外の力で所得移転を行うことは今後も進んでいくのだろうか。

安田氏はまず、寄付等による所得移転は全体的にみればそこまで大きな還元にはなっていないと指摘。そもそも特定の人に利益が過剰に集中する構造自体にも課題はあり、さらに寄付文化が根付かない日本では実現が難しいと考える。その点、注目に値するのはクラウドファンディングだという。篤志家による寄付に比べれば規模は小さいが、小口のパトロンが支えあいながらプロジェクトを支援する仕組みは既に日本でも広がりを見せている。日本社会ではアメリカに比べて突出した富裕層が少ないため、ある程度の余裕を持つ人が利他性や社会性に基づいて小規模に金銭を提供するこの仕組みと相性が良いそうだ。また、金銭の提供という点では寄付や投資に近いものの、動機の点ではそれらと異なり、出資者が経済的リターンをあてにしていない。資本主義の仕組みの中でも共感型経済のエッセンスを有する取り組みとして興味深いという。

続いて佐宗氏は、資源の共有管理方法について疑問を投げかけた。リモートワークの普及で地方での生活、特に田舎における住居コストの小ささが注目された。生活の基盤となるエネルギーや水、教育や医療などの資源に費やすコストを下げることでより柔軟な生活スタイルが可能になるだろうが、そのためには管理の問題がある。コストを下げるため、こうした資源を共有しながら管理していくには、どのような考え方が必要になるのだろうか。

安田氏は、コモンズ(日本語でいう入会地、共有財産)に関する研究成果を紹介し、管理方法の選択肢を3つ提示した。

コモンズ研究では、いわゆる「共有地の悲劇」と言われるような、各自の利益を優先する行動によって共有財産が損なわれてしまうという管理の失敗が有名である。しかし、アメリカの政治学者エレノア・オストロム(2009年にノーベル経済学賞を受賞)は、コモンズの共同統治が成功している事例も存在することに注目し、繰り返しゲームの理論で説明できることを明らかにした。

コモンズの管理が失敗するのは、それを共有するコミュニティ内の各個人がそれぞれの利益を優先して過剰に資源を得ようとするからで、結果的に資源自体が枯渇してしまう。そこで従来の考え方では、共同管理を諦めて私有地として分割する(=市場化)か、強制力のある第三者に管理を委ねること(=外部の介入)で解決を図ってきた。しかしオストロムが提唱した新たな戦略は、限度を超える利己的な行動に対して、他の場面での不利益を与えるようなお仕置きを課すというものだ。しっぺ返しがあると分かっていれば、利己的な行動を取る者はいなくなり、結果的に共有状態を維持したまま、コミュニティの内部で管理を行うことができるようになる。この市場化、外部の介入、コモンズ型管理の3つの選択肢の中から、場合に応じた物を選び取っていく必要がある。

クラウドファンディングのような小口のお金の流れを作り出すことを試みるため、
本イベントでは擬似的な投げ銭システムを導入した。

アフターコロナの世界で求められるパラダイムシフト

話題は再び社会の認識枠組みへ。コロナウイルスという眼前の急激な変化だけでなく、我々は気候変動など大規模でダイナミックな変化の真っ只中にいる。以前の公開対談(5月に実施した、本イベントに向けた公開企画会議)で安田氏は、こうした変化の時期に、社会のルールの書き換えが起こるか=新たな状態に適合したルールがスタンダードとして定着まで至るかが長期的なインパクトにとって大事ではないかという洞察を述べていた。アフターコロナの時代にはどのようなルールが新たなスタンダードになるべきなのだろうか?

安田氏は、気候変動や社会格差などの問題は、既存のルールの弊害として湧出してきたものであり、それらの拡大を食い止めるためには思い切ってルールを変える必要があるとする。その上で、ルール変更の方法は大きく2種類に分かれるという。

ひとつは、資本主義的なシステムを根本的に変革し、脱成長的なパラダイムを採用する方向だ。こうしたやり方は世の中を根本的に覆すラディカルな主張であり、実行の過程では全体の縮小が避けられないというイメージを個人的に抱いているという。ドーナツの外側=経済活動の上限が縮小するのは仕方ないにしても、内側つまり社会的な土台まで一気に縮小し、社会的弱者に弊害が及ぶ恐れがある。そのため、脱成長モデルの実現のためにはまず格差是正、セーフティネットの充実化など社会的土台を損なわない状況を作り出すことが前提になる。この順序が決定的に重要だと考えている。

もう一方の方法は、資本主義の仕組み自体は変えないまでも、その枠組みの中で金回りの道筋を変えるというものだ。二酸化炭素排出と金銭的負担を結びつけるカーボンプライシングや、倫理・社会・企業ガバナンスの問題に配慮して活動する企業に重み付けするESG投資などはその具体例と言えるだろう。これまで密接に関係してきた経済成長とエネルギー消費を切り離し、経済成長の継続と環境への配慮との両立を狙う「デカップリング」という考え方も近年よく取り上げられるが、バランスの良い経済活動を行う企業を支援するなど、まずは資本主義のフレームワークの中で、こうした路線での解決を模索してみるのがよいのではないか、と提案した。

これを受けて佐宗氏は、企業活動の方向性を考えるために組織でビジョンを共有することの重要性を改めて認識したと語った。BIOTOPEで企業のビジョン作りに携わる中で、ビジョン創造の重要性は、事業の売上に注目するだけでなく、組織メンバーが何を目指しているかというストーリーが全体で共有されることにあると感じたという。それにより、組織としてのケイパビリティや目指すインパクト、外部との影響関係などをより解像度高く捉えることが可能になるのではないかと考えたと話した。

安田氏もこれに賛同し、やりがいと安心感の両立について語った。曰く、仕事のやりがいと安心感は共に重要だが、トレードオフの関係にある。例えば結果平等が達成された社会主義の環境下では、得られる報酬が等しいのでその点では安心できるが、給与が保証された中ではやりがいが見出しづらい。やりがいを生み出すためにはビジネスでの利益獲得を狙う資本主義的なアプローチが有効で、GAFAのようにイノベーションを生み出せるかもしれないが、個人は競争にさらされ安心感はない、といったようにだ。日本社会は「最も成功した社会主義国家」と揶揄されてきたように、終身雇用・定年制など安心感を保証する仕組みが機能してきたが、一方で大規模なイノベーションの成果は近年少なく、企業の時価総額世界ランキングから日本企業の名前がほぼ消えてしまったことからもそれは顕著である。こうした状況を打開するためには、安心感を維持しつつもやりがいを生み出し続けること、当事者意識を持った人が安心して試行錯誤を続けられる場所を生み出す必要がある。

「モデル」や「指標」との付き合い方

続いて佐宗氏が投げかけたのは、施策のインパクトをどのように測ればよいかという問いだった。ビジネスの世界では経済的利得を見込んで投資を繰り返すため、利益の出ない物には関心が集まらない傾向がある。一方で公共サービスは、利益は出ないものの維持が必要だが、現実には政府・自治体の資金力がなければ質の維持は困難である。ここで、企業と自治体が連携したコモンズの運営、投資対効果の測り方を構想しているが、その際の指標はどのように用いいるべきなのだろうか?

安田氏は、公民連携が難しいという前提の上で、プロジェクト運営における指標の扱い方を提案した。公民連携がうまくいかない原因のひとつに、公民どちらか一方では解決できない困難な問題を扱っていることがある。そもそも複雑な課題に取り組んでいるため成果が出づらく、責任を互いに押し付け合う状況に陥りやすいという。

そこで、適切な成果指標の運用が重要になる。成果指標にインセンティブを結びつける(例えば、生徒の試験の点数で教員の給与を変動させるなど)というアプローチは広く知られているが、これは事実の理解を表層的なものに留めてしまう、特定の指標に過度な注意が向けられるようになってしまうなどの問題があり、結果的に不正や責任の押し付け合いにつながりかねない。そうなれば、プロジェクトを前進させることはできなくなってしまう。そこで成果と評価の連動をやめ、要素ごとに細かく結果を可視化することで、デメリットを避けつつ客観的なパフォーマンスを全員で共有し、次の方向性を共有しやすくなる効果が期待できる。また、すでに話題に上った「やりがいと安心感の両立」のためにも、ネガティブな人事評価を恐れる必要なく、より良い施策を求めて試行錯誤を続けるために、評価にhもづかない成果の可視化は不可欠だ。その際、複数の指標があるとわかりやすい単一の指標に全てを統合することが求められる傾向にあるが、過度な単一化によって人々の価値観の多様性が損なわれる危険があるため、あえてデータをバラバラのまま見つめることも必要ではないかと指摘する。

イベントの内容を要約したグラフィックレコーディング
(作:BIOTOPEデザイナー永井結子)

まとめ

本イベントは、Facebook LiveとYouTube Liveを通じたオンラインのライブ配信の形で実施され、多くの視聴者が集まった。対談と同時進行でコメントによる質問や意見の共有も行われ、イベント終盤ではその内容を取り上げた議論も行われるなど、コロナ禍ならではの相互性も実感できるイベントとなった。

安田氏は最後に、コロナショックが既存の枠組みが抱える様々な問題を顕在化させたことで、元々考えてきた資本主義の問題点の克服やアップデートについてさらに思考が深まる契機となったと語った。また、多くの視聴者が集まったことで、経済学的視点に関心をもつ人の多さにも気付くことができたという。経済学者たちは細分化した専門分野を持ち、専門外の内容に口を出さないよう節度を守るべきという考えもあるが、もう少し大胆に資本主義という大きなテーマについて経済学者が発信していく必要があると感じたと話した。

編集後記

日々の感染者数や集団感染の発生状況など、メディアで報じられる情報は当座のコロナ感染予防に関する物が大半を占めている。しかし、より長期的かつ広範な視野からアフターコロナのビジョンを描き出すことも、同時に重要であるはずだ。

コロナショックで社会がどんな影響を受けたのか、我々は何を学ぶのか、そしてどんな世界を作っていくべきか。欧州を中心に新たなビジョンを打ち出す動きが始まる中、我々にもメタな視点から社会を捉え直し、それぞれのビジョンを描き始める時がきている。そのヒントとして、本イベントの内容が参考になれば幸いである。

KUNITAKE SASO

TEXT BY KUNITAKE SASO

東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。P&Gにて、ファブリーズ、レノアなどのヒット商品のマーケティングを手がけたのち、ジレットのブランドマネージャーを務めた。ヒューマンバリュー社を経て、ソニークリエイティブセンター全社の新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の立ち上げなどに携わったのち、独立。B to C消費財のブランドデザインや、ハイテクR&Dのコンセプトデザインやサービスデザインプロジェクトを得意としている。『直感と論理をつなぐ思考法』『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』 『ひとりの妄想で未来は変わる VISION DRIVEN INNOVATION』著者。大学院大学至善館准教授。

TEXT BY YUHO SASAMORI

BIOTOPEインターン。修士課程で学ぶ大学経営・政策に加え、国際開発課題、科学技術の社会実装に関心をもち、BIOTOPEでは国際的な社会トレンドのリサーチを行う。

Published inAfter CoronaBIOTOPE TIDE TalkScienceSocietyその他