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市民が納得する地域プラットフォームづくりを考える
会津若松編(前編)

現在、僕は川崎市に住んでいて、町内会や行政と連携を図りながら地域コミュニティづくり(市議会議員や市民、飲食店を巻き込んだビジョンづくりの場)や引きこもり支援の活動サポートしている。新型コロナの影響や高齢社会によってあらゆる課題が顕在化しており、僕らは持続可能な地域社会づくり(都市の再生)をテーマに実験と考察の日々を過ごしている。もちろん、現場を理解している視点から企業のビジョンづくりや事業開発において生活者の手触り感のある提案ができる意味でもBIOTOPEのプロジェクトと大きくかけ離れた活動ではないことを実感している。

最近は、持続可能な地域づくりをテーマに、地域の見えない課題を解決するために何ができるのか考えるために、独自の取り組みをしている地域を訪問している。「地域に暮らす人が納得のいくプラットフォームはつくれるのか?」「地域の経済成長と課題解決がトレードオフにならない価値の創出は可能なのか?」など、いくつかの地域を訪問しながら考えている。

2021年3月はご縁があり、福島県会津若松市と神奈川県真鶴町を訪問させていただいた。両地域の取り組みを分析しながら、地域プラットフォームづくりに必要な要素を考察する。

まず、内閣府が掲げている地方都市の未来ビジョンについてその定義と目指す理想状態について紹介する。

人口減少社会や少子高齢社会の進行により、地方都市を中心に交通・健康医療・災害等の課題が顕在化している。内閣府はSociety5.0としてIoT・ビッグデータ等の先進技術を活用してこれらの課題の解決を目指している。Society 5.0で実現する社会は、「IoT(Internet of Things)で全ての人とモノがつながり、様々な知識や情報が共有され、今までにない新たな価値を生み出すことで、これらの課題や困難を克服します。」(内閣府資料より

温室効果ガス(GHG)排出の削減、食料の増産やロスの削減、高齢化などに伴う社会コストの抑制、持続可能な産業化の推進、富の再配分や地域間の格差是正など、経済発展に相反して解決すべき社会課題が複雑化して来ており、先端技術をあらゆる産業や社会生活に取り入れることで経済発展と社会課題解決を両立することを目的に構想されたのが「Society5.0」である。

そして、もうひとつ重要な観点が、イノベーションから新たな価値が創造されることにより、誰もが快適で活力に満ちた質の高い生活を送ることのできる人間中心の社会を創出することである。

Society 5.0 説明図
https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/

前述の通り、内閣府のSociety5.0の方針では「先端技術を社会生活に取り入れることで経済発展と社会課題解決を両立すること」を目指している。先端技術を社会生活(地域企業/市民)に取り入れるためには必然的に地域企業や市民の賛同、リテラシー、利用、便益の実感のジャーニーが含まれるだろう。

イノベーションと地域市民の参加は紐付いており、先端技術は市民の賛同と協力なくして実現が不可能であることは自明である。例えば、シンガポールで導入された新型コロナウイルス感染者との接触を追跡するアプリ「Trace Togerher」は、2020年4月段階で首相が国民へ呼びかけたにも関わらず、普及率は20%程度で低迷していた。その後、秋に「TTトークン」(Trace Together搭載端末)を配布したことでプライバシーリスクを懸念する若年層やスマートフォンを所有しない高齢者を中心に普及率が80%に上昇した。警察機関の捜査利用など、未だプライバシーへの懸念は払拭できないが、TTトークンという端末を開発・製造して市民に配布するというコストを国が背負うことで普及させることができた。市民の賛同と利用なくして、技術を活用した新型コロナ対策が水の泡に終わってしまっただろう。

郊外都市の再生や少子高齢社会による課題が顕在化する地方都市の回復と成長を実現させるために、果たして先端技術(IoTやデジタルプラットフォーム…)と市民の共生は可能なのか?そして、2つの地域を訪問し、地方創生の取り組みに関して市民へのヒヤリングを通じて見えた課題から市民が賛同・協力する地域プラットフォームづくりに必要な観点を考えてみたいと思う。

(前編:会津若松市の事例、中編:真鶴町の事例、後編:両地域の比較とまとめ)

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会津若松市「スーパーシティ構想」と市民の豊かさの実感値

福島県会津若松市では医療や交通、教育、行政手続など、生活全般にまたがる複数の分野で、AI(人工知能)などを活用する先端的なサービスを導入することで、便利で暮らしやすいまちを実現する「スーパーシティ構想」に挑戦している。例えば、市民の生活の利便性を高めるデジタルプラットフォーム「会津若松+」を開始しており、市民の年齢・性別・世帯構成・趣味を登録することで、子育て支援情報、除雪車情報、行政手続き申請書作成支援情報を受け取ることができる。日本郵便と連携し、「マイポスト」(インターネット上の郵便受け)を追加するなど、企業が提供するサービスのプラットフォームにもなっている。

他にも、データ分析とICTを活用して農業の効率を向上する「スマートアグリ」を推進しており、溶液土壌システムや水田水管理システム、栽培支援ドローンを提供している。このように、スマートシティ会津若松の構想で医療や農業、エネルギー、都市再生・観光の領域でデータを活用したプラットフォームづくりを行なっている。

https://www.soumu.go.jp/main_content/000451590.pdf

会津若松市に訪問した際には、スマートシティ構想がどれだけ地域企業や市民に浸透して、関わるステークホルダーが豊かさを実感できているのか市民にヒヤリングを行なった。

会津若松市は、江戸時代に会津藩の城下町として盛え、現在でも鶴ヶ城や白虎隊などの歴史遺産が観光名所となっている。赤べこや会津木綿などに代表される伝統工芸品も世界から親しまれており、古民家や茶問屋を改装した菓子店や民芸品販売店、コーヒー店などが今も数多く街に存在する。

味噌田楽で有名な「満田屋」さん
https://www.mitsutaya.jp/
会津若松でのんびり生活 【会津若松deカフェ】Lovers Coffee
自家焙煎コーヒー豆を販売する「Lover’s Coffee」さん
http://lovers-coffee.com/

「スーパーシティ構想」で全国から注目される会津若松市であるが、長くそこで暮らす市民にとっての価値とは、デジタルプラットフォームによって生活が便利になることだけではなく、長く受け継がれ時代に合わせて市民が創意工夫をしてきた民芸品や伝統料理、建築などの文化と、それを守ろうと人と人が繋がり合うコミュニティや精神性も含まれている。

会津若松で生まれ育った市民の言葉が印象的だった。「全国から実証実験をするために関係人口が増えることは良いことである一方で、単なる実験場として開発されることで失ってしまう文化もある」

つまり、その地域で暮らす市民の文化やその地の精神性が置き去りになってしまうイノベーションは避けなければならないが、地域の一部の価値にスポットが集まることで、見えない資産へのリスペクトが薄れてしまっていることへの懸念である。

また、エンタメ業界で活躍する会津若松に住む市民のお話では、「会津若松市はシリコンバレーを目指すという目標を掲げていて、ITに強い若年層も集まっている。だから、アニメやゲーム好きやコスプレ文化が隠れて存在している。カルチャーがない街に外の人が定住してくれるとは思えない。」

実験場として活用されるだけで中長期的に文化を耕すマインドがなければ、実証実験の活用目的に終始してしまい、いつまでも定住者が増えない課題を示していると思う。冒頭のSociety5.0では、「イノベーションから新たな価値が創造されることにより、誰もが快適で活力に満ちた質の高い生活を送ることのできる人間中心の社会を創出すること」が目的として掲げられている。活力に満ちた質の高い生活は、効率をあげることで都市化を目指すものではなく、地域の多様な資産を受け継ぎながらより良い社会を目指すものでなければならないと思う。

地域プラットフォームは、市民の賛同と協力の上で成立するものである。「快適」になることで構想上で可視化されていない資産が削ぎ落とされてしまうトレードオフの施策になってしまったら、市民から共感を得ることもできないだろう。

今回の訪問では、市民主体ではなく、都市部の企業が集まり、実証実験の取り組みを通じて経済成長と社会課題解決の両立を目指す構想であるが、地域の産業や文化が主体となって手触り感のある取り組みを行う大切さを知ることができた。もちろん、経済成長と地域産業や文化が循環するエコシステムを共創することでしか実現しえないことが分かった。

次回は、 市民が中心となり、場所・格づけ・尺度・調和・材料・装飾と芸術・コミュニティ・眺めという8つの観点から「美の基準」を1993年に制定し、今も街のコミュニティづくりや建築計画でも活用している真鶴町の地域づくりから機会を探る。

執筆:金安塁生

TEXT BY RUIKI KANEYASU

株式会社BIOTOPEにて新規事業開発、ビジョン開発、ブランド戦略を担当している。ミレニアル世代向けフィンテック新規事業開発、「モビリティ×街づくり」ビジョン開発と新領域事業開発、消費財企業が持つブランドの存在意義(Purpose)から新たな事業戦略創造などのプロジェクトを手がけてきた。行動観察手法(定性)と定量解析(定量)を組み合わせて、生活者、都市や文化のインサイトの導出や企業やブランドの存在意義を起点に中長期的な事業機会探索(Purpose Management・CSV領域)を得意としている。

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