私はいま、中南米の小国・コスタリカに住んでいます。コスタリカという国について、サッカーなど国際的なイベントを通じて知っている人もいるかもしれませんが、日本人からするとあまり馴染みのない国でしょう。
私はCopenhagen Institute of Interaction Designという北欧のデザインスクールに留学しており、その1年間のプログラムの開催地となったコスタリカでいま生活を送っています。元々コペンハーゲンに行く予定だったのですが、昨年は新型コロナウイルスなどのさまざまなトラブルに見舞われ、コスタリカ送りになってしまった。つまり、自ら望んでコスタリカに来たわけではありませんでした。
コスタリカの空港に降り立った瞬間、「ああ、変な所に来てしまったな」というのが正直な感想でした。渡航する前に、「自然が豊かな国」「アメリカの富裕層がリタイア後に移住したい地」という程度の情報は仕入れていましたが、いま住んでいる首都サンホセでさえも実際には何もない場所だとすぐに分かりましたし、モノは手に入れづらいし、食べ物は口に合わなそうだし……と、最悪な印象だったことを覚えています。思い立ってデザインを学びに来たは良いものの、なぜこんな不便な国に来てしまったのだろうとばかり考えていました。
ただ、1年間生活してみてその認識は大きく変わりました。デザインスクールでの授業内容が面白かったことを除いても、いまはこの国での生活に満足していますし、さらに言えばこの国のRurality(田舎暮らし)の側面にとても感謝しています。1年という短い期間ではありましたが、自分の価値観が少しずつ変わっていったことは間違いなく、世界に対する認識が大きく変わりました。
元々東京でコンサルタントとして働いていた私は、コスタリカでの生活を機に未経験だったカメラを始め、現在はジャングルの奥へ入り写真を撮るフリーランスのフォトグラファーになりました。そのくらい、自分自身のなかで大きな変化があったのです。
コスタリカの田舎暮らしを通して学んだことはたくさんあります。ひとつは、金銭などに依存しない「本当の豊かさ」を認識することができたこと。そして、それは日本の田舎生活にも応用できるはずだ、と。今回はその学びを「コスタリカより日本へ」という題名で、2回の記事に分けてお伝えしたいと思っています。
前半では、コスタリカの田舎に存在する「本当の豊かさ」を支える新たな観光モデルについて。コスタリカの田舎には、どんな訪問者をも受け入れ、自分なりの豊かさを認識するプロセスを支える文化・土壌があり、そのまま定住する人が多く存在します。「行って帰ってくるだけ」の旅ではなく、「長く居住して自己実現を促す」観光モデルは、訪問者と地方経済の双方に効果があり、日本が見習うべきところが多々あると考えています。
自然と共生する国: コスタリカ
地球幸福度指数1位の国
具体的な内容に入る前に、コスタリカという国を紹介しておきます。コスタリカは中南米に位置する国で、上はニカラグア、下はパナマで挟まれている人口500万人程度の小国です。中南米では経済が発展している国とされており、先にも述べたように「アメリカの富裕層がリタイア後に移住したい地」の上位にランクインするような国でもあります。
いくつかある特徴の中でよく挙げられるのは、地球幸福度指数が1位ということ。地球幸福度指数とは、「消費される環境資源量当たりに生じる人間の幸福の度合い」を評価し、どの国の住民が長く幸せで持続可能な人生を送ることができるかを定量化した数値のことです。都心部で生活しているとあまり感じられませんが、確かにこの国の自然は豊かで、電力の98%以上は再生可能資源から得ています。国民自体のサステナビリティへの関心も日本より高いと感じることが多かったです。
地球幸福度指数1位コスタリカ、国を挙げた環境政策でサステナブルシティを目指す【後編】|サステナブルジャーニー|大和ハウスグループ
そんな「地球幸福度指数1位」の国の側面を日常生活でもっとも感じる瞬間は、雄大な自然や生物の多様性を見たときでした。この小さな国に、地球上の生物の約5%が生息し、そのため、コスタリカではエコツーリズムが非常に盛んで、休日はジャングルやビーチなどに赴いて、自然と共生するライフスタイルが当たり前になっています。コスタリカ経済は観光産業に大きく依存しており、GDPの8%以上が観光産業で成り立っています。
実際に自然と共生するライフスタイルは、自分が写真を撮り始めることに大きな影響を与えました。
“NATURE CENTERED LIFE”
“VIBES OF CARIBBEAN”
正直、コスタリカに訪れる前は、自然・動物・昆虫といったものに全く興味がなく、むしろ虫がたくさんいるエリアを嫌っていた節がありました。しかし、この国のライフスタイルや考え方に影響されて、いまでは1週間風呂なしのキャンプもこなすアウトドア派になっています。
自然と繋がることで「余白」のある生活が生まれる
コスタリカ滞在時には、所属するデザインスクールの同期であるコスタリカ人のおかげもあって、さまざまな場所、特に田舎を訪れる機会がありました。もしコロナウイルスが収束してコスタリカに旅行することがあった場合は、ぜひ以下の場所に足を運んでいただきたいと思います。
Monteverde, Puntarenas
Rincón De La Vieja National Park, Guanacaste
La Fortuna, Puntarenas
Montezuma, Guanacaste
Santa Teresa, Guanacaste
Puerto Viejo, Limon
どの場所も自然に満ち満ちており、自然に囲まれた現地でのライフスタイルは自分にとって非常に新鮮で、人生観や趣味に大きな影響を与えました。自分に訪れた心境の変化については、第二回に詳しく述べていきたいので、ここでは周囲の現地人や旅行客を観察して感じたことを書き連ねたいと思います。
「余白」のある生活から生まれる本当の豊かさ
コスタリカの田舎では、自宅やホテル・ホステルの周囲には何もありません。そのため、東京などの都市部で考えられる、お金を使うハイキーな娯楽(ショッピングやレストランでの食事など)は期待できません。それどころか、ひどい時はインターネットをはじめとしたインフラが整備されていないこともあるので、スマホすら満足に使えないこともあります。そうすると身近に自分を誘惑するものがないので、自分と向き合う時間、自分で思考を回す時間が増えてきます。これといった趣味がなくても、自分が何をしたいのか、何を楽しいと思うのかを考える時間が多くなります。
これが都市部の生活では感じられない「余白」で、「暇」とは異なるものです。私はコスタリカの田舎に滞在中、英語で“Stay Chill”と表現されている「余白」を求めて来た観光客・バックパッカーとたくさん出会うことができました。特に米国や南米諸国のノマドワーカーやデザイナー、アーティストが多く、「余白」を自分の仕事や創作活動に活かしている人がたくさん存在しました。
アルゼンチン出身のアーティスト: Eve
ホテルで出会った、アルゼンチン出身のアーティストがいました。彼女元々絵描きではなかったものの、コスタリカの田舎にバックパッカーとしてやってきたことをきっかけに、現地でアートを始めたそうです。今ではそのエリアでとても有名な絵描きになり、ホテルやレストランの装飾を担当しています。
ブラジル出身の元投資銀行マン: Joris
またブラジル出身の青年は、元々サンパウロで投資銀行業に携わっていたものの、コスタリカの田舎で過ごすうちに仕事を完全に辞めて、次第にウォールアートを手がけるようになっていきました。 現在はウォールアートで生計を立てています。
彼らは「コスタリカの田舎で過ごすなかで、自分がやりたいことや自分にとっての豊かさに気づき、そ素直に従うことができた」と口を揃えて言っていたのが印象的でした。元々は「お金がなくなったらどうしよう」「これまでのキャリアに戻れなくなったらどうしよう」と考えていたようでしたが、コスタリカで「余白」のある生活を送る中で、自分の中の豊かさの基準が変わったと話していました。
しかし、すべての人が突然現地の生活に馴染むことは容易ではありません。生活のスピードが遅い分、日本からすると考えられない習慣・文化も存在します。こうした田舎暮らしの周辺には、彼・彼女らのような訪問者を支える土壌が不可欠です。
私が実際に訪れたコスタリカの田舎エリアのいくつかには、その土壌がありました。
ローカルコミュニティに存在するスキルシェアの文化
ある日、CIIDのサービスデザインコースのデザインリサーチのために、グアナカステ県のサンタテレサ(Santa Teresa, Guanacaste)という、道も舗装されてないような田舎町を訪問しました。
ホテル/ホステルを媒介としたコミュニティの形成
このエリアは上の写真の通り、大通り沿いにビーチが広がっており、ホテル、レストラン、スーパーマーケットなどが位置し、生活インフラは整えられています。サーフィンスポットとして非常に有名で、それを目的に訪れるノマドワーカーが非常に多いのが特徴です。
このエリアで最も特徴的なのは、ホテルやホステルを媒介として小さなコミュニティが形成されている点。旅行者の国籍や人種を問わず受け入れる土壌があり、お互いがそれぞれのスキルや知識を使いながら、助け合って生活している様子が見受けられました。
面白かったのは、自分のスキルを使ってコミュニティに貢献することで、食事や宿泊先など生活に必要なものをフリーで手に入れることができる点です。すべてが物々交換で成り立つほどではないですが、小さなシェアリングエコノミーが成り立っていると言っても過言ではありません。そしてそうした環境は、これから何かを始めようとしている人や、フリーランサーとして働いている人には貴重なようでした。
例えば、サンタテレサを訪問した際に、ウェルネスの大切さを教えているボストン出身の女性と会ったのですが、彼女は遥々ボストンからバックパッカーとしてやってきて、サンタテレサの文化や雰囲気を気に入り、既に1年程度在住しているようでした。このエリアではヨガ講師として有名で、自分のビジネスを立ち上げただけではなく、コミュニティマネージャーにもなっています。
面白かったのは、そうしてヨガ講師としてコミュニティに貢献することで、無料でホステルの宿泊やレストランでの食事を提供されているということ。このように訪問者や新たな居住者のスキルを何らかの形で認めながら、生活を保障するようなシステムは、田舎への定住を促す上で必要な側面なのではないかと感じました。
ローカルビジネスとノマドワーカーの繋がり
さらに、新たな居住者とローカルビジネスを繋ぐシステムも存在しました。
例: サステナビリティNGOとノマドワーカーの繋がり- WaterKeeper
WaterKeeperは世界中の水を綺麗にしていく活動をしており、世界中に関連団体を抱えています。コスタリカにも関連団体が存在し、サンタテレサに居住しながら活動に参加することが可能でした。活動に参加するには、募金やボランティア、関連団体で働くなど多くの選択肢があるようで、サンタテレサのホテル・ホステルのオーナーを経由して連絡できるようでした。
ホステルでリサーチをしている中で気付いたのですが、上の写真のように常にノマドワーカーには雇用の門戸が開かれているようでした。職務内容はスキルに応じて要相談のようでしたが、ホステルオーナーの伝手を辿れば、他にも多くの職種が存在するようです。
例: SNSをきっかけとしたプロモコンテンツ作成の依頼
これは自分に起きたことですが、自分のインスタグラムに写真やビデオを投稿していたら、ホテルのオーナーがそれに目を付けてくれて、地元でフォトグラファーを必要としているモデルに声をかけてくれました。そのモデルは自分のポートフォリオ用の写真や映像が欲しかったようで、少しお金を払ってもらって撮影・編集することができました。
フリーランサーにとってコネクションは非常に重要ですが、このようにちょっとしたことからビジネスに繋がる雰囲気はとても貴重。何らかのスキルや意思があれば、自分の好きなことをしながら生活をするには十分なお金を稼ぐことも可能です。
B Corporationの役割 – ローカルと訪問者の交差点
コスタリカのB Corp
皆さんは”B Corporation”というものをご存知でしょうか。
B Corporation(以下、B Corp)とは、自社の利益だけではなく、顧客、従業員、地域コミュニティ、環境といった要素も判断要素に入れて経営をしている企業に与えられる認証制度で、昨今話題になっているSDGsと近い思想です。2021年3月時点で、全世界で112社が登録されており、日本でもなじみのある企業では、アウトドア用品ブランドのPatagonia(パタゴニア)やアイスクリームのBen&Jelly’s(ベン&ジェリーズ)が登録されています。日本では6社のみの登録となっていますが、コスタリカではB Corpは8企業も存在しており、コスタリカ政府として今後、B Corpの数を増やす方針が示されています。
Directory | Certified B Corporation
そんなコスタリカのB Corpですが、現地住民と旅行者を繋ぎ、ローカルの文化や住民の魅力を伝える上で重要な役割を担っていました。新たな訪問者を受け入れる土壌を持っているのは、サンタテレサに限った話ではありません。
事例: Bodhi Surf & Yoga
Costa Rica Surf Camp | Bodhi Surf + Yoga in Uvita, Costa Rica
Bodhi Surf & Yogaは、主に米国や欧米の旅行者を対象として、サーフィンまたはヨガのキャンプを提供している団体です。米国・欧米を対象としているだけあって価格は少々高めなのですが、単純にサーフィン及びヨガの体験を提供するだけでなく、滞在中にそのエリアの文化やライフスタイルをハンズオンで教えてくれることで有名です。
そのため旅行者は、Bodhiという小さなコミュニティを通して、短い期間でコスタリカの田舎にあるあらゆる側面を体験することができます。サンタテレサとは異なりますが、「ローカルと訪問者の交差点」として機能している点では同じであり、自分の人生を見つめ直す、自分なりの豊かさを見つけることを支える土壌を提供していることは間違いありません。
B Corpではなくても、Bodhiと同じような役割を担っているローカルビジネスはコスタリカ中に存在し、コスタリカ政府としてもそのような企業・団体を奨励し、新たな観光モデルを築く方針で固まっているようです。
本当の豊かさを支える新たな観光モデルを日本で
現在の日本で、自分なりの豊かさを認識できている人はどの程度存在するのでしょうか。もちろん「生きがい」のようなものを仕事の中に見つけることも可能ですし、それがないこと自体も悪いことではないと思います。
ただ価値観の多様性が認められ、生き方の自由度が高まっていることは間違いありません。今後は整備されたレールを歩くような人生ではなく、自分なりの生き方を模索することが求められつつある中で、コスタリカの田舎に存在するような「余白」のある生活は今後ますます求められるのではないか、と考えています。
そういった文脈で、日本の都市部から田舎への移住が進むことはほぼ間違いないでしょう。そのとき、受け入れ先では今回紹介したような新たな訪問者を優しく受け入れ、自分なりの豊かさをサポートする土壌を整備することが求められていくのではないかと思います。それこそがコミュニティであり、ホスピタリティであり、ローカルビジネスとの関わりとして重要である一方ですが、まだまだ日本では「地方創生」という大きな言葉に釣られているだけで、先進事例は少ないように思います。コスタリカは日本と比較して遥かに経済規模も小さく、都市化も進んではいませんが、だからこそ見習うべき点が多く存在します。
次回は冒頭で紹介した「余白」のある生活が私自身にどんな変化をもたらしたのかを述べていきたいと思います。
TEXT BY KOSUKE MACHIDA
中米コスタリカ在住のフォトグラファー、ビデオグラファー。神奈川県小田原市出身。Copenhagen Institute of Interaction Design – Interaction Design Programme修了。2017年4月にPwCコンサルティング合同会社に新卒入社し、国内外の金融機関を対象として主にCXデザイン及びDX系のプロジェクトに従事。コスタリカ滞在時には、Copenhagen Institute of Interaction Designというデザインスクールに通いながら、フリーのフォトグラファーとして、ポートレート、ウェディング、ライフスタイル、プロダクト等を中心に撮影。スチル撮影だけではなく、プロダクトのコンセプトビデオを始めとした映像制作も手がける。 ポートフォリオはこちら: https://www.kosukemachida.com/