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【After Coronaの世界 vol.3-1】
分断する世界を繋ぐ「国境なきMakersたち」

アジアと欧州の境目、ボスポラス海峡。そこを坂の上から見渡す敷地にあるのがイスタンブール工科大学のテクノパークだ。ここには、この5年ほどで勃興しつつあるトルコのスタートアップエコシステムの先頭を走ってきた大学内インキュベーションセンターが存在する。普段は、AIやプログラミングを中心に企業が入居するITU ARI Teknokentに3Dプリンターがある。最近、この3Dプリンターが、世界中に蔓延するCOVID-19対策に使われるようになったという。

筆者は、2017年夏まで2年ほど、シカゴにあるイリノイ工科大学でデザイン修士の取得のため留学した後、シカゴ時代では遠い「ニュースの中のやばい世界」だったイスタンブールに今赴任している。当時、まだテロやクーデター未遂の「戦火」の残り香のするトルコにあって、ウクライナやアルメニア、ジョージア、中央アジア等周辺国を含めた欧米的価値観と権威主義的価値観の間にある各国での地政学の動向を追うという業務に加え、そうした地政学の逆境にあってこれらの土地でどのようなイノベーションエコシステムが存在し、そこに世界の変化の兆しがないか、留学時代の知見やネットワークを活用しながら追ってきた。そんな筆者のもとに、あるスタートアップエコシステム関係者から上記のような話が飛び込んできたのである。

ことの発端は、3 Boyutlu Destek(トルコ語で、「3Dサポート」という意味)という運動だ。トルコは、3月11日にはじめての感染者が発生してから、急速に感染者の数が増えてきている。医療機関でも、マスクやゴーグル、グローブの不足を唱える医師や医療関係者が多くなってきていた。

こうした、医療現場の窮乏をみて、トルコの「Makers」たちが立ち上がった。全国80県から1,700人の個人及び法人、また3000機以上の3Dプリンターを使って、メディカル・フェイスシールド(医療用の顔の保護シールド)の生産を始めたのだ。

トルコでは、大手の企業や多くのテクノパークが、この運動に参加し始めている。Twitterのハッシュタグに、‪#3boyutludestek‪ と付ける形で、多くの投稿がなされるようになっている。トルコだけではなく、米国のジョージア州でも、歯科医が3Dプリンターを活用して、フェイスマスクを作成したようだ。(3月24日報道

アメリカジョージア州の歯科医が3Dプリンタで作ったフェイスマスクの写真

このトルコの取組は、感染拡大が深刻化しているイタリアで、スタートアップ企業イシンノーバ(Isinnova)が医療機関に3Dプリンターを提供、医療用バルブなど不足した医療機器・部品などの供給に貢献したという話を参考にしたものだ。(先日BIOTOPETIDEでも紹介しているので参照してほしい)

さらに、群衆のMakersによるゲリラ戦のような運動は、市民の運動から、徐々に政府・大企業を巻き込んだものとなっている。

英国は、ボリス・ジョンソン首相の指示で、60のイギリスの主要製造企業・組織に対して、医療器具の生産を加速するための構想を提示した。特に、人工呼吸器の不足を防ぐための協力を求めている。政府は、大企業への要請だけでなく、ホームページ上にフォーム(現在は締め切っている)を作り、さらなる企業の協力を呼びかけている。

ドイツでは、独自動車フォルクスワーゲン、保有する125台以上の産業用3Dプリンタを導入し、世界中で人工呼吸器の部品などを供給するという。

また、HPが自身の3Dプリンターチームを活用して自動開閉装置、医療用マスク調整装置を開発し、病院等に支援、そのデザインをオープンソースとして公表している。極めつけは、ダイソンだ。ダイソンの創業者ジェームスダイソン主導で、10日で人工呼吸器をデザインして15000機をUK政府に納入したようだ

Dysonが10日でデザインした人工呼吸器の外観

こうした3Dプリンターを活用したシビックテックの動きは、コロナウイルスに対する人類規模の協働による義勇軍という雰囲気だが、課題も存在する。製造された機器が医療機器などの場合には、実際に使用するに当たり、本来は認証を満たす必要がある。人命に関わるような人工呼吸器の部品などになると尚更だ。ただ、このような緊急事態にまでこのような要件が必要なのかとの議論があるのも事実だ。 欧州工作機械工業連盟(CECIMO)は 、EUの「医療機器指令(MDD)」に基づくさまざまな要件が新たな技術導入の障壁となっているとして、EU加盟国に対し、現在の緊急時に限定して一部の要件を緩和すべきだと提言しているようだ。

また、イタリアでの病院へのバルブの供給を巡っては、バルブのデザインの利用をめぐり、特許権につき闘いがあったとの報道もあった。後に当事者が否定しているが、実際に起こってもおかしくはない問題と言えよう。さらに、3Dプリンターの数は世界の中で偏在しており、これから感染が拡大するとみられるアフリカなど途上国にはその数は多くはない。また、機械があっても使いこなされる人と、デザインを作れる人がいなくては先に進めない。

元々、医療器具・医療機器・医薬品の支援は海外への持ち込みには、欧州であれば、薬品はEU基準、医療機器であればCEマークの取得をしなければならない、保守メンテナンスをする人材の不足、日本の医療機器や器具を使いこなせる医療人材の不足等課題があるが、上記機器を製造が可能な3Dプリンターについては、そのような規制の障壁は少なくなる。今回の世界全体のコロナ対策に資するようであれば、例えば、①世界で協調した3Dプリンター活用ガイドラインの提示、国際協力プランの立案、②感染者が多い国の日系企業生産拠点向けに補助、③感染者の多い途上国向けに国内3Dプリンターの一時貸与やオンライン技術協力、デザインの無償提供(エストニアなどは、オンライン教材を世界に無償配信。後々のビジネスに繋がる形を模索か。)は、グローバルレベルで協働できる分野だろう。

日本でも、3Dプリンターでマスクを作る企業が登場している。また、国立病院機構新潟病院の石北医師などが人工呼吸器の3Dプリンタのデータを無償提供するという。これは米国火星アカデミーで共同研究しているアメリカのエンブリーリドル航空大学のSaget医師から相談を受けての国際プロジェクトであり、最終的には日米印の連携に広がったグローバルなプロジェクトになりつつある。

専門商社イグアスが公開した3Dプリンタで作ったマスクしてる
(無償公開された図面はこちらのリンク参照)

最後に、こうした3Dプリンタで出来上がった製品や医療機材をどう分配、配分するかは別の知恵が必要になるだろう。その際には、チェコの事例が参考になるかしれない。

チェコは、早々に非常事態宣言を発布し(3月12日)、国民全員にマスク着用を義務付けた。(3月18日から)しかし、その後マスクが医療関係者に限定して供給されるようになり、市民への供給がうまく行き届かなくなったという。結果、困った市民が、独自にマスクを作る人が増え始めた。単に作るだけでなく、こちらのマップのアプリは、マスク提供可能、販売可能、製造可能な拠点をマッピングしている。これにより、おしゃれなマスクをつけて街を歩き回る人が増えているようだ。

チェコのマスクを手に入れるための地図damerousky
チェコでDIYで作られたデザインマスク

もともと、チェコには、MAPA POMOCIというホームレスや薬物中毒者等をサポートするMAPアプリが存在。SousedskaPomoc.cz – Neighborly Help – というサイトで登録した支援者が、支援が必要とする人に向けて、宅配・介護などをする仕組みだ。今回、手作りマスクの需給調整もこのサイトで行われるケースもあったという。

市民・民間企業発のテックが医療現場の課題を解決するとすれば、このような連携も、新しいポスト・コロナの時代の社会課題解決のモデルになりうるのではないだろうか。

現在、中国政府は、COVID-19に苦しむ各国に対して、大量のマスクや検査キットの提供、AI診断サービスの提供などを開始している。こうした大規模な支援の動きを中国の地政学上の野心と絡めて「Health Silk road」と呼ぶ報道も出てきている。また、その提供内容にも、検査キットの質の問題などに疑義がオランダ、スペイン、トルコなどでも呈されるようになっている。

国から国への支援には、当然ながらもともとの外交関係やその後の見返りへの期待値などがでてくることから、時に支援の実施や受け入れそのものが政治性をもって決断されることもままある。各国が、それぞれの医療関係の器具・物資の需給に苦しむ中で、せっかくの好意が無駄にならないようにするためには、作る側・受け取る側を明確に分離した形での既存の支援策だけでなく、相手国の内なる力である「Makers」を刺激しサポートするような支援も必要になってくるかもしれない。

そのような支援は、この数年「内向き」志向が強まっている各国にあっても、抵抗なく受け入れられるだろうし、各国間の市民同士の連帯にもつながっていくのではないだろうか。また、各国政府ベースの支援にも、国際的な枠組の活用や、小異を捨てて国同士の国際的連帯を促す刺激にもなるだろう。WHOの各国クリエイティブへの呼びかけにもそのような思いが込められているのかもしれない。

TEXT BY Kohzo Hirose

東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。経済産業省にて、再生可能エネルギーの導入推進や雇用・教育制度改革、経済産業省の組織・働き方改革に、従事。大企業や社会でイノベーションを起こしやすいエコシステムをいかにつくるかに関心を持ち、デザインスクールに日本の国家公務員として初めて留学。政策立案・実施にデザインシンキングをいかに活用するかを主眼に研究。現在はJETROイスタンブール事務所にて、トルコ・イスタンブールを拠点に、中東 、コーカサス、中央アジア、中東欧等と日本との産業協力の創出に向けた調査・プロジェクト業務等に従事。

Published inAfter CoronaAIScienceSocietyTechnologyその他